今回は架空の物質の話をする。
ミスリル
Created by J. R. R. Tolkien in his constructed language Sindarin, from mith (“grey”) + ril (“glitter”).
シンダール語の mith ("grey") + rill ("brilliance") ということのようだが、トールキンが作った言語はなにかしらの言語の影響下にあるので、なんらか由来があるのではないかと思っている。
たとえばアイルランド語の mílítheach ("grey") あるいは mílíthim ("etiolate": 植物を軟白させる; 人を青白くさせる) と réalta (star, light) あたりが気になっている。
実際シンダール語の語彙の中にはアイルランド語やスコットランド・ゲール語が由来と思しき語彙がいくつかある。ash (=灰) を表す lith はアイルランド語の grey を意味する liath と非常に似ている。
もっと単純に、ひょっとすると mist + brilliance かもしれない。
もちろん、mith の持つ音を重要視したことも充分考えられ、この音から連想される myth や mystic などの神秘的なイメージが mithril という語形成に寄与したかもしれない。
まあいずれにせよ mithril の語はトールキンの発明のうち特に大きなもののひとつだと言って差し支えないだろう。hobbit や orc に比べて独創性に富んでいることは言うまでもないことである。
トールキン財団が hobbit という語の使用を厳しく制限する一方で mithril はお咎めなしなのは不思議な話だと思う。
オリハルコン
orīchalcum ┗ Latin orīchalcum ┗ Ancient Greek ὀρείχαλκος (oreíkhalkos) ┗ ὄρος (óros, "mountain") + χαλκός (khalkós, "copper")
orichalcum はどう音写してもオリカルクムだと思うが、これをオリハルコンとしたのは何が最初だろうか。ちょっと調べた感じだと光瀬龍のSF小説「百億の昼と千億の夜」に「第二章 オリハルコン」とある。1965より連載、1969年に単行本化されている。1969年には手塚治虫の「青いトリトン」の連載が始まり、これにもオリハルコンという名が登場する。アニメ版である「海のトリトン」3話のタイトルが「輝くオリハルコン」だった。
以後ドラゴンクエスト3やふしぎの海のナディアに同じようにオリハルコンという名前で登場して、日本においてはオリカルクムでなくオリハルコンが市民権を確かなものにしたことがわかる。
語源は古代ギリシャ語で「山の銅」。ヘロドトスやホメロスの叙事詩に登場するオレイカルコスはなんらかの銅合金か単に銅だと解釈されるようだ。
架空の物質としての扱いはプラトンの「クリティアス」が初出で、アトランティスの希少な金属だとされている。
アダマント
adamant ┗ Latin adamās ("hard as steel") ┗ Ancient Greek ἀδάμας (adámas, "unconquerable, invincible")
アダマンティンやアダマンタインという呼称もあるがこれは形容詞のほう。語源的には同じことなので省略する。形容詞形のほうが広く使われているのは、これが物質名っぽい響きを持っているからだろうと思う。
ダイアモンドの語源になっており、古くはダイアモンドを指したようだ。一方磁石を指したこともあるようで、古い時代には語の使い方に混乱がみられる。よくあることではある。
エーテル
aethēr ┗ Ancient Greek αἰθήρ (aithḗr, "air; ether")
エーテルという音写は教会ラテン語のものに近い。英語では ether でより英語の発音に近い音写はイーサとなる。
マナ
エネルギー的にも物質的にも解釈されるが、エーテルのついでに物質の回で触れておく。
mana ┗ Maori mana ("power") ┗ Proto-Polynesian *mana
英語の mana はマオリ語の mana の借用で、マオリ語の mana もポリネシア祖語から来ていると考えられているが、実際ポリネシア諸語の他の言語においても mana という語彙があり、同じく何らかの力を指す語として使われている。
カロリック
caloric ┗ French calorique ┗ Latin calor ("heat")
カロリックというのは熱の媒体と考えられた仮説上の物質。ラテン語で「熱」をあらわす calor が語源で、熱素と訳したりする。ちなみに calor はカロリーの語源でもある。
魔法を科学的に記述する系のファンタジーに、熱の元素として登場したりする。
フロギストン
phlogiston ┗ Late Latin phlogiston ┗ Ancient Greek φλογιστόν (phlogistón) ┗ φλογιστός (phlogistós, "burnt up, inflammable") ┗ φλογίζω (phlogízō, "to set fire to") ┗ φλόξ (phlóx, "flame")
仮説上の物質で、燃焼という現象はこの物質が放出されることで起きると考えられた。燃素と訳す。
英語の発音により正確な音写はフロジストンになるだろう。ラテン語のままのほうが元素っぽさが出るので、ラテン語のほうを音写するのが好まれるのかもしれない。
語源は「燃えやすいもの」からきている。
カロリック同様、魔法を科学的に記述する系のファンタジーに、燃焼現象の触媒などとして登場したりする。
今回はここまで
ミスリルの掘り下げがメインであとはわりとポピュラーな内容になってしまったような気がするがそれはそれ。次は何やるかまだ考えてないけどやる気があったら次もある。