ロングソードは長い剣

RPG によく出てくる武器にロングソードというものがあり、そのまんま長い剣のことなのだが、日本のファンタジーフィクション界隈には「馬上で使うための長剣」という説がある。 Wikipedia の日本語版の記事 でも「狭義には中世後期に一般化した馬上で用いるために伸長した剣の類別である」とあり、また「1350年から1550年に作られた後期のロングソードは、鋼が用いられるようになったことで、初期のロングソードと比べ細く薄い刃を持ち軽量化が行われている。この形状の変化は馬上で戦う騎士たちへの配慮でもあり、細長く鋭い形状は(加工精度や防具との相性もあり)切るよりも馬上から突くことに主眼を置かれている」ともある。
ぼく自身十数年前にこの説を知ってから数年前までそうだと思っていたのだが、あるときに「これってほんまかいな」と思って、英語圏での longsword の語義や用例について当たってみたことがある。

英語版の Wikipedia の longswordを見てみよう。こちらは日本語版のページよりも信頼できる出典が示されているように思う。

The term "longsword" is ambiguous, and refers to the "bastard sword" only where the late medieval to Renaissance context is implied.

'「ロングソード」という語彙は曖昧であり、中世後期からルネサンス期にかけての文脈にかぎっては「バスタードソード」を指す' とある。
「バスタードソード」も指すところがやや曖昧だが、英語版 Wikipedia の剣の分類 ではどうやら片手半剣を指すようなので、たぶん片手半剣だろうと思う。つまり中世後期からルネサンス期にかけては、ロングソードといえば両手でも扱えるくらいの長さの剣ということになる。

もうちょっと読んでみよう。

It remained in use as a weapon of war intended for wielders wearing full plate armour either on foot or on horseback, throughout the late medieval period.

'中世後期を通じて、徒下あるいは馬上のフルプレートアーマーを着た者向けの武器として使われていた' とある。次を読むと、

From the late 15th century, however, it is also attested as being worn and used by unarmoured soldiers or mercenaries.

'しかし、15世紀後半から、鎧を着ていない兵士や傭兵にも使われていたことも明らかになっている' ――つまり、longsword は別段徒下か馬上かにかかわらず、むしろ単に「騎士」階級の武器(全身鎧で武装できたのは充分に裕福な騎士階級だけだったと思われる)だったが、後に兵士や傭兵も使うようになった、ということなので、たしかに「騎士」のための武器だったが、特別馬上で使うことだけを想定して発展した武器というわけではないように思う。

中世後期のドイツの剣術のテキストには、徒下の剣士が片手半剣を持って戦う挿絵が示されており、これを見た感じだとロングソードはべつに馬上だけの武器じゃないんじゃないのかな〜という気持ちが強くなる。

また、こうも書いてある。

"Longsword" in other contexts has been used to refer to Bronze Age swords, Migration period and Viking swords as well as the early modern dueling sword.

'別の文脈での「ロングソード」は、近世の決闘用の剣はもちろん、青銅器時代の刀剣類、民族移動時代、およびヴァイキングの刀剣類を指すときに使われる' とある。日本語版 Wikipedia のいうところの '広義には西ヨーロッパの刀剣史上に存在するあらゆる刀剣を「長さ」のみで類別した名称' というのはおそらくそんなに外れてはいないと思うが、この書き方もちょっと語弊があるように思う。

さておき RPG においては片手半剣はバスタードソードとして別に登場することが多いので、ロングソードは単に「ソード」の枕詞として「ロング」を添えているだけではあると思うし、その文脈でいくならヴァイキングの剣のような長さの剣を指してロングソードだというのは別段外れてはいまい。殊更に狭義のロングソードは馬上での利用を想定しているという必要は特になかろうと思うし、少なくとも英語圏においては、その狭義のロングソードも別に馬上で使うことだけを想定しているわけでもない、文脈も中世後期からルネサンス期に限られる。

本に書いてあることだからといって鵜呑みにしてはいけないなと思ったし、ちょいちょい書いてる語源についての記事も、動機としてはこの一件がある。ちょっと剣のことを記事に書いてたので思い出して、こうして記事にしておく。

Wikipedia の日本語版は出典の信頼性が低いことも往々にしてあるということを頭の片隅に入れておいてほしい。もちろん必ずしも英語版が正しいというわけでもないので、そこも留意されたし。いろんな観点から資料をあたるのが大事、ということで。