フィクションのための言語の作り方

という話をどうしてしないのかということをこれから書きます。

名前の作り方本では、まずは英語ベースでやって、それから他の言語をベースにするのがいいよ、ということを書いているんですが、一から言語を起こすほうが間違いなく独自の名前が作れます。なんでそうしないのか。

そもそもトールキンにしたってゼロベースでは言語を作っていません。名前の作り方本には書きましたが、たとえばオークは古い時代の英語の再興にすぎませんし、完全に造語であるミスリルも、元になった語彙があるんじゃないかと思っています。そしてことフィクションに関して言うなら、ゼロベースで造語をすることが物語にどんなメリットをもたらすかというと、ゼロベースの造語は既存の語彙の延長線上にはないので、読み手の全員が無からはじまります。これがメリットでありデメリットです。言語理解のハードルをコミュニケーションに組み込むならメリットになるし、そうでないならデメリットになります。

語彙レベルの造語は既存の言語をモチーフにしたほうがイメージの連想の力を借りることができるので、そのぶん物語に注力できます。物語に注力したい人はゼロベースの造語はやめましょう。


で終わってもいいのですが、それでもまだ言語を作ることにこだわりがある人には、語彙に既存の言語のモチーフを組み込むことをありにした上で、とりあえず100語作ってみてください。

作れましたか? この記事を読みながらぱっと作れるものではないですね。そもそも語彙を作るとして、何から作っていくのか。とっかかりが必要になります。

ここにスワデシュのリストというものがあります。

ja.wikipedia.org

en.wiktionary.org

207語。スワデシュが基礎語彙として選定したものです。この選定が妥当かどうかはさておいて、Wikipedia の日本語版のページに示されている太字になっている100語、これを架空の言語で作るところからやってみてください。


作ってみましたか? どれくらい作れましたか? 即興で10語作れたら、まあまあだと思います。ただそこから100語作ろうとすると、いま作った語を捨てたりする可能性が出てきます。捨てる可能性のある10語を作ってから、そこから更に100語まで増やすことができる人は、たぶんあんまりいないと思います。

100語作れたら、207語全部作りましょう。100語作れる人にはたぶんできますね。

さて……その次の目標ですが、中学英語の最低限の英単語数って何語だと思いますか? いまは1200語と言われています。というわけで中学英語の1200語分の語彙を作ってみてください。200語はたぶん含まれてるので、あとは1000語です。気が遠くなってきましたか?

ちなみに、高校入試レベルの英単語数は、約2500語です。その次が大学入試レベルの約5000語です。ところで、英語ネイティブの語彙数は中学生で2万語、大人で2万5000語以上と言われています。せめて1万語くらいは作りたいですね。

はい。

たぶんまともにやったら年単位の仕事になると思います。

シンダール語は1200語と言われています。「異世界転生したけど日本語が通じなかった」に登場するリパライン語は7000語以上、人工言語アルカには約2万語の語彙があります。アルカはおよそ12年がかりで約2万語*1ということなので、それがどういうことかはわかるかと思います。

このへんで正気に戻ったと思いますが、じゃ、必要な語彙だけ作ったらいいのでは、という疑問を持ったりすると思います。これとても難しい。たとえば、最初に語彙を作るときは、とりあえず感覚的につけます。これで10語くらいでこのやり方じゃたぶん無理と気付いて、100語くらいまで論理的に語彙を作ることを考えます。語頭や語尾の形態を品詞によって揃えるとかですね。使っていい音と使ってはいけない音も、このへんでルールを作っていくことになります。で、そうして作った言葉なんですが、いかにも作った言葉という感じになってしまう。

よく使う語は簡便な音になりやすく、普段遣いでない語は長かったり複雑だったりということがよくあります。学術語などは使う機会が少ないので転訛が起こりにくいですが、よく使う語は発話しやすいようにどんどん変化します。そういう変化を言語の中に持たせないと、説得力が出ないし、なにより似たような語彙ばかりで書く側も読む側も混乱します。よくよく考えてみると短い語彙は例外だらけじゃないですか。そういう例外を作ることをはじめるのに、どうしたって数百語くらいは出力する必要があります。それ、できますか?

完全に目が覚めたところで、ヘテロゲニア・リンギスティコというマンガを紹介します。

web-ace.jp

マンガは吹き出しの中で横書きにすることで外国語であると表現する慣習があり、この作品でも獣人語をそのように描いています。マンガだったらこれでいいわけです。さて、小説がそれでだめな理由ってあるんでしたっけ。

だいたいの小説投稿サイトは、残念ながらフォントを変えたりできません。フォントを変えられないなら変えられないなりに、やりようはあります。カギカッコの使い方を変えるとか、かなとカナを入れ替えるとか。漢字の当て字を使ってもいいと思います。適当な記号を並べてルビを振ってもいいです。言語をテーマにするだけだったら、別に言語として成立してるものを使わなくてもいいんですよ。

そうでなく、単に名前を作るだけであれば、それはおおよそ既存の言語をベースにしても何ら問題ないと思います。今更エルフと同じものを指す種族に対してエルフ以外の名前をつけたところで別段意味があるとも思わないですし、言語それ自体がテーマにならないなら、もはや言語自体を一から作る積極的な理由はありません。


ここまで読んでもまだ目が覚めない人はたぶんわたしと同類だと思うので、がんばって作っていきましょう。

*1:公称では22年ということなんだけど、後に91年から作り始めたのは嘘で、2001年からと述べている