ねぎとろの語源

語源について調べているうちに、巷で「ねぎとろは動詞『ねぎ取る』が転訛した語」なる説に対する疑わしさが一層増してきたという実感がある。

転訛というのは多岐に渡りやすい。発話しやすさは人により、同じ言葉でも人によって発音が異なるということがある。であれば、転訛の起こり方も人に寄って異なろうものである。が、ねぎとろについて、ねぎとろ以外にねぎとるから派生しうる名前は寡聞にして知らない。ひょっとするとあるのかもしれない。いわくこれは魚河岸や寿司職人における符牒だというから、記録が残っていないのだと。記録が残っていないのでもしかしたら過去には残っていたのかもしれない。とはいえせいぜい半世紀くらいの歴史の語なので、生きた人間に当時のバリエーションを知る人間がいないのは不自然じゃない?という気持ちが強い。

どういう転訛の派生があるのかちょっと考えてみる。

「ねぎ取る」が名詞らしい形に収まるとして、語末が -o となるのは割合よく見られる。自然な転訛だろうと思う。一方で「ねぎ取る」の「 ねぎ」が「葱」と関係ないのなら、ここは別に重要ではないので、より短い形に変化してもおかしくはなかろうという感じがある。

「ぎとろ」「ぎっとろ」「ねとろ」「ねっとろ」みたいなバリエーションはなんでないのか。

また「ねぎ取る」は「根-切-取る」だという説がある。そうだとするなら、「ね-き-どる」のような形の読みがあったかもしれない。「ねきどろ」は「どろ」なので使うのを避けられたという可能性はある(どろソースやどぶ汁のような例もあるので一概に避けられうるものというふうには考えていないが)。「ねきとろ」は発話しにくいので、どこかが連濁を起こす。とすれば「ねぎとろ」はそれなりに自然ではある。

あるいは「ねぎ」でなく「ねぐとろ」でもよさそうなものではある。と思って調べてみると、近年「ねぐとろ」という呼称が使われたりはしているようだった。2012年以前には見られないので、単に typo とも言い難い。あえて「ねぎ」の語を避けようとしているのかもしれない。

「ねぐとろ」以外については使われた形跡がない。「ねぎとろ」は市場に出回ったときから「ねぎとろ」だったと考えたほうがいい。誰かが「ねぎとろ」という名前で商品にして売り始めたのでまわりが追随して定着した、と。

便乗した人間はこれをどういうつもりで使ったかというと、当然「ねぎ+とろ」のつもりで売ったわけだ。とろっぽいの脂身にねぎの風味でさっぱりさせる、なるほどおいしそうだ、と。少なくとも売る側の人間が「これはまぐろの身をねぎとったものです」といって売ることはしない。それよりも「とろっぽい脂身」を売るほうがバリューがある。ねぎとろが全国のスーパーに並んだのはたぶんバブル期のことなので、そういう背景は考えたほうがいい。もとの語源がどうだったとかは関係なくて、今使われているねぎとろはおそらくは葱の存在の影響を受けている。そこから目をそらすとかえって不自然な説に頼ることになってしまう。

そのうちにこれが民間語源であることが証明されればいいんだけど、トリビアが世間を席巻*1して以来、そういう民間語源っぽいものが支持されやすくなっていると感じる。たいそう由々しいことだなあと思う。

こちらからは以上です。

*1:激うまギャグ