「ねぎとろ」=「ねぎとる」説を支持するんだから、当然「ねぎとろ」に中落ち以外は使ってないよね?

と思ったら、「骨の隙間や皮の裏からこそげ取ること」のように定義が改ざんされていた。困るよこういうことされちゃあ。

でも、わかりました。それは認めましょう。であるなら、ねぎとろには、さくどりした際の端材は混ぜてませんよね?

これが答えですよ。寿司屋のねぎとろはともかく、スーパーで売られているねぎとろは、ほぼ間違いなくさくどりした際の端材を叩いたものを混ぜています。業務用の冷凍のねぎとろなんかもそうです。じゃなかったらあの量を提供できるわけないじゃないですか。だから回転寿司屋が「軍艦ねぎまぐろ」とか牛丼チェーンが「まぐろたたき丼」とかって名前で売ってるのめちゃめちゃ誠実ですよ。あのへんの企業のマーケティング部門は「ねぎとろ」の欺瞞に気付いてますよ。

中落ちをこそいだものを売るんだったら、中落ちっていって売ります。実際そうですよね? 海鮮丼屋にいって、まぐろ中落ち丼って言って、こぼれんばかりの中落ちを盛ったものを売っています。そう、こそいだものをわざわざ叩く必要ないんですよ。わざわざなんで叩く? サイズがばらばらのものを、量を調整できる形にするのがミンチです。「こそげ取る」のが本質じゃない。「叩いたもの」のほうがより本質的。だから「ねぎとる」なんて言葉が由来になるのは変なんです。これがOKなんだったら、もともと「ねぎ+とろだったけど、ねぎなしも作るようになった」って語源だってOKでしょ。じゃあたい焼きとたこ焼きはなんで命名ルールに一貫性がないんですか。説明できませんよね。名前なんて、合理的な背景が必ずしもあるわけではないんです。

もう、ねぎとろの語源はねぎとる。やめましょうよ。企業が率先してこんな欺瞞を流布するの、本当にかなしいよ。

こちらからは以上です。