ローグライトというジャンル

最初見たときはローグライクをなんか勘違いしてるのかと思ったんだけどそうではなく意図的にローグライトと呼ぶらしい。

ローグライクという表現が妥当でないので妥当な表現としてローグライトと呼びましょう、という流れがある。

そもそもローグライクとはなんぞや、と言う話から。

ローグライクは文字通り「ローグのような何か」である。

「ローグらしさ」の解像度は受け手によって差があるが、ローグの特徴的な要素を挙げると以下のようになる。

  • 恒久的な死。ゲームの進捗は死によって全てリセットされる
  • 自動生成されるマップや不確定アイテムの識別といったランダム要素
  • ターンベース。プレイヤーの操作スキルよりも思考を重視する
  • サバイバル要素。行動で空腹になり、食糧で満腹度を回復させる

この二点で、この二点の延長線上に以下の要素がある。

  • プレイヤーキャラクターは恒久的に死ぬが、プレイヤーが得たゲームのメカニズムに対する理解は失われない
    プレイヤーのリアルスキルの成長がゲームの進捗となる
  • 状況判断と選択の重要性
    プレイヤーはマップの構造や不確定アイテムの内容を記憶できないので、記憶に頼った決め打ちのプレイングをすることができない
    状況に応じて最適な選択を取る必要がある
  • 高い難易度
    プレイ回数が浅い間は難しいが、ゲームのメカニズムを理解していく中で攻略が可能になっていくような難易度カーブ
  • 高いリプレイ性

この延長線上の要素は、おおよそ「ローグが持っているプレイフィール」のことである。ということはこの延長線上の要素を満たせば「ローグのようなプレイフィールのゲーム」になるのではないか。

実際に巷にあるローグライクと呼ばれているゲームを見ていく。

まず、ローグ直系の子孫たる Hack と NetHack。最大の特徴はマップが保存されること。階段で上下階層へ移動しても、マップは保持される。「同じ階層の探索を後回しにして先に進む」ことができる点で「状況判断と選択」の味が若干元のローグとは異なっている。

Angband は、マップは訪問毎に生成されるが、拠点とダンジョンの行き来がしやすく、攻略と準備の2フェイズを繰り返す点でローグや NetHack などとは異なる。

二大ローグライクの時点でローグとは大きく異る要素を持っているが、ローグライクで構わない。見るからにローグに似ているし、これがローグライクでなければ何なのかということになる。

国産ローグライクの雄、不思議のダンジョンシリーズ。これはおおよそローグの要素を備えつつ、発展的な要素としてアイテム合成なりなんなりを加えている。なお筆者はビジュアルがアスキーアートであることはローグの本質ではないと考えているが、これが重要であると考えるユーザーもおり、プレイフィールの差もあって不思議のダンジョンローグライクとは考えない、という人も多少いる。しかしこのあたりまでをローグライクと呼ぶことには、おおむね同意ができるんじゃないかと思う。

この先から少しずつややこしい話になっていく。

マインクラフト。これはサンドボックスゲームであると同時に、ローグライクゲームである。マップは自動生成されるが、一度生成されたマップは保持される。空腹度の概念があり、食糧を確保しながら探索するサバイバル要素がある。デスペナルティのみでリスポーンする設定にすることができるが、死ぬと全ての進捗が失われるパーマネントデスモードもある。ターンベースではないしグラフィックも3Dだし、何よりサンドボックスゲームなのでブロックを除去したり設置したりすることでプレイヤーが自身でマップの構造を変化させることができるが、たとえば NetHack にもつるはしがあって壁を破壊することができる。なるほどプレイフィールは確かにローグらしさがある。しかし、一般に、ローグライクの話をするときにマインクラフトの名前が上がることは少ない。

次に FTL: Faster Than Light。これは見るからにローグらしくない見た目だが、ローグライクである、とされることが多い。プレイフィールがローグっぽければローグライクなのだ。 FTL はターンベースではないし、戦闘が起きる船内マップ自体は自動生成されない。航行する宇宙がランダムで生成され、ランダムでイベントが発生する。ランダム要素はマップに存在しなければいけないわけではない。そして恒久的な死。繰り返しゲームプレイをしてメカニズムを理解し攻略を進めていくゲームである。遊んでみるとかなりローグらしいプレイフィールがある。

FTLローグライクとして受け入れることができるなら、RimWorld をローグライクと呼ぶことにも抵抗がなくなるだろう。マップはゲーム開始時に生成されるが、以降はプレイヤーが掘ったり壁を作ったりしてマップの構造を変えていく。サンドボックス要素がある。イベントがランダムで発生し、プレイヤーはたびたび危機に陥る。住人が全員死ぬまではゲームは継続するが、住人が全員死ぬとそれまでの進捗のすべてが失われる。住人は空腹になったり病気になったり不幸になったりするので、各種リソースを確保して生存していく必要がある。統括すると、ランダムシナリオのサバイバルRTS、ということになるが、遊んでみるとおおよそローグライクだと感じる。

全体的なプレイ感は RTS のそれに近い。しかし、ゲーム開始時点でマップや配置がランダムで決定される RTS であっても、ふつうはそれをローグライクとは呼ばない。ローグライクらしいプレイフィールとは異なっているからだ。RimWorld はそうではなく、ちゃんとローグライクのプレイフィールがある。

さて、ローグライクのプレイフィールとここまで書いてきたが、たとえば仮に FTL がない世界で RimWorld をプレイして、それをローグライクと感じるだろうか?

ちょっと難しいかもしれない。これはむしろマイクラライクなのだ。サンドボックスサバイバルというジャンルで呼ぶほうが適切だろう。

あたらしいローグライクがあらわれると、それに似たゲームもローグライクと呼ばれるようになる。無限にローグライクが拡張される……ことはなく、やはりどこかでローグライクとそうでないものが分かれるところがある。そういう意味では RimWorld はローグライク要素を備えたゲームだとは言える。

もはやローグライクライクになってしまったものまでを含めてローグライクと呼んでいいのかという話は、よくわかる。

それをローグライトと呼ぶのが妥当だとは筆者は考えていない。

ローグライクを脱却する必要はある。マイクラはマイクラになったからローグライクとは呼ばれない。

近年の大ヒットローグライク Slay the Spire は、もはや Slay the Spire になった。これをローグライクと呼ぶ必要はないだろう。

しかし、Slay the Spire をローグライクに含めてもよいし、ローグライクについて議論をする上で、マイクラや Slay the Spire をあえて除外する理由もない。むしろ含めた上で議論をすべきだと思っている。

あたらしいジャンル名を増やしたところで、おそらくはそのあたらしいジャンル名も拡張し続けていく。ローグライトライクがどんどん作られていく。そうなったときにローグライトが何を指しているのか……ランダム性が強くプレイヤーが繰り返しプレイをして結果を得るタイプのゲームすべてをローグライトと呼ぶようになったとして、そのジャンルになんの意味があるんだろうか、という疑問がある。もちろんそれはローグライクにも言えることではある。しかしよりゆるい定義のあたらしいジャンルよりは、まだマシだと思っている。

ルタバガとゴールデンビーツとパースニップとフェンネルと根セロリを食べたので感想を書く

まだリーキ食べてないんだけどリーキは差異があってもおおよそネギだと思うので、いったんリーキ以外で食べたものについてひととおり書いておきたい。

ルタバガは先月食べた。

フライドポテトのようにして食べるといいらしいと聞いたので、揚げ焼きで試食。

見た目のイモっぽさに反して、食感はそれほどデンプンぽくはない。ほくほくもねっとりもしていないカボチャのような食感と言って伝わるだろうか。伝わらない気がする。しゃくしゃくとしているが水っぽくはない。カブがもうちょっとデンプンぽいとこうかもしれない。風味はほぼカブながら、サツマイモやカボチャに似た甘みがある。

この味だったら煮ころがして鶏そぼろあんかけにしたりしてもいいだろうな、と思いつつ、グラタンに処した。

グラタンにするとグラタンになるのでルタバガ感をお見せすることができないことがわかった。

この時点で一個使い切って残り一個、ゴールデンビーツと食べ比べたかったので、ゴールデンビーツが届くのを待つ。

ゴールデンビーツが届いて、ルタバガとあわせてカレー炒めに処す。結論から言うと、味見目的でカレー炒めにするのは妥当ではなかった。

なんせカレー味になるので。ただ、一応比較はできた。

ルタバガはゴールデンビーツより火の通りが早く、ゴールデンビーツに比べてデンプン感が強い。ゴールデンビーツはフルーティな甘みで、食感もしゃくしゃくとしている。
タマネギがわりにフェンネルを加えている。が、食感は全然別で、ハクサイとかキャベツの芯みたいでかなり繊維感が強い。味はセロリっぽい。フェンネルなのでフェンネルの風味がする。面白いとは思うものの、こういうふうに炒めるならタマネギのほうが向いているだろうなと思う。スライスしてサラダにするといいらしい。

食べ比べるなら、単純に蒸すのが一番いいだろう、と思ってレンジで蒸してみたものの、蒸すことで食感はどちらも似たり寄ったりになってしまった。写真を残していないのだが、塩を振って食べると美味だった。ゴールデンビーツは蒸してもやはりフルーティな甘みがある。これは何にしたらいいんだろうな、と思いつつ、パースニップとともにクリームシチューにした。

ニンジンはパースニップとの味の比較用。
ゴールデンビーツはクリームシチューに合う。というかたぶんクリームのようなコクととろみのあるものに合う。ほどよいフルーティさが調和を生む。あとはまだ試してないんだけど、トマトの酸味と合わせると相性がいい気がする。

ニンジンとパースニップの食べ比べは、これははっきりと違いがわかる。まず、パースニップは食べると強烈な香気が来る。薬草っぽい香りだ。スペインカンゾウ? ドクターペッパールートビアなんかを想像してもらえると伝わるだろうか。それからニンジンよりもずっと甘みが強い。一方で風味ほど味にクセがない気がする。ニンジンは味に独特なニンジンらしさがある気がするが、パースニップにはそれがあまりないように思う。食感もかなり違っていて、パースニップはかなりねっとりとしている。芯は繊維質が強いが、口で簡単に解ける。ニンジンはしゃくしゃくとした繊維感がある。事前知識では薬草くさいニンジンだろう、くらいに思っていたので、ここまで違うとは思っていなかった。やっぱり食べないとわからない。日本で普及していない理由もよくわかった。

パースニップが強烈なセリ科の香味野菜だということはよくわかった。セリ科にはセリ科。お互いに微妙に風味が違うので、組み合わせたときにどうなるのか試してみたい、と思って、セリ尽くしカレーを作った。

これを見てもわからないと思うが、ジャガイモのかわりに根セロリ、ニンジンのかわりにパースニップ、タマネギのかわりにセロリとフェンネルを使った。

根セロリはこういうものである。

切ってカレーにするとパースニップと見た目の区別がつかない。が、食べればわかる。根セロリはセロリの味がする。セロリ自体よりはいくぶん繊細な味で、悪く言えば無味に近い。風味がセロリで、食感だけがある。パースニップは相変わらず強烈に主張する。どちらかといえば根セロリがニンジンに近く、パースニップがジャガイモに近い。 フェンネルは炒めたときにはタマネギのかわりにはならないと思ったものの、煮るとかなりそれっぽくなる。風味も味も違うが、こういう風味のカレーがあってもいいだろう、という気がする。ただしタマネギほどの甘みが出ないので、甘みを出す工夫をしたほうがいいだろう。そう思って今回は根菜くずのブロスを使っている。この根菜くずのブロス、マイルドな甘みとコクがあって旨いのだが、根菜由来の土臭さがある。カレーの香りとセリ科香味野菜の香りがなかったらアカンかったかもしれない。

さて、一晩寝かせるとどうなるか。

カレーにすると全てカレーになる。当然ながら香りは飛ぶし、カレーの香りだけが残る。寝かせる前ははっきり区別がついたパースニップと根セロリも、どっちがどっちか怪しい感じになった。根セロリはほぼカレーに入れたニンジンという感じで、むしろニンジンのニンジン臭さってセロリのセロリ臭さと根が同じなのでは?という気付きがあった。まあセリ科だしそうかもしれない。

パースニップはなんかとろとろの根菜という感じで薬草ぽさもほぼなかったしだいぶ食べやすくなっていた。これくらい煮込んだらおそらく誰でも普通に食べられる。ただ薬草ぽさのないパースニップ……?という感じはある。ドクペを飲む人間はドクペが飲みたいからドクペを飲むのであって、さもなくばコーラを飲むよねという。

タマネギ由来の香気がないので、ちょっといつものカレーとは違うなという感じはある。今回は市販のルーを使ったのでそこにタマネギが入っており、タマネギっぽい甘みはゼロではないんだけど。今度やるときはスパイスから試してみたい。コリアンダーとクミン、チリペッパーは常備してあるので、ターメリックを買ってくれば作れそう。

よくよく考えてみれば、コリアンダーもセリ科だった。セリ科はもともとカレーの風味を構成するわけだから、そりゃカレーには合うよね、という。

というところでまとめ。

おおむね食べたことない味ばかりだったのでかなり満足感がある。まだ材料はあるので、もうちょっといろいろな料理をやってみてもいいかもしれない。

たとえばゴールデンビーツとパースニップがあるので、定番のボルシチをやってみたい。そのためにはサワークリームが必要なんだけど、なんとうちにある低温調理器はサワークリームが作れるらしい。

www.yogurtia.net

これを使ってヨーグルトと生クリームからサワークリームを作ってみるとよいかもしれない。

まだ食べてないリーキはグラタンにする予定。グラタン、といってもクリームベースのそれではなくて、オニオンスープグラタンみたいなやつ。米粒状のパスタとタマネギ、ひき肉、ニンニクでこっちはネギづくしにしてやろうと思っている。

こちらからは以上です。

今年もまた一年の無事を祝う

日付があるタイプの恋愛シミュレーションゲーム、最近はあまりなくなったんだけど、ちょうど一ヶ月くらい前に OOParts というクラウド上で美少女ゲームをプレイできるサービスが正式リリースされた。

oo.parts

プリズムハートとかいう20年前のゲームが普通にプレイできて感動したんだけど、普通にプレイできるので普通にプレイしてしまった。プリズムハートはときメモみたいな育成SLGで、休日は訓練か外出、平日は訓練で自動進行する。ランダムでイベントが発生したりすることもあるが、基本的には訓練アニメーションが表示されてステータスが上下して終わり、ただそれだけの日であることが多い。で、プリズムハートのカレンダーでは5月26日は金曜日なので、何らかの訓練のアニメーションが表示されてそれだけの日になりがちで、5月27日の土曜日を迎えてはじめてそういえば5月26日を通り過ぎたな、となる。現実には平日は仕事をしているので、過去から振り返ってみれば通り過ぎた一日にすぎないんだけど、いま現時点ではいまわたしが存在している一日なわけだ。

そういうわけで今年も無事に5月26日を迎えることができた。まああんまり健康とも不健康ともつかない生活をしている。年々風邪は治りにくくなってるし、睡眠リズムも相変わらず壊れているし、気圧気温の乱高下で偏頭痛にさいなまれるし、とはいえ大病とは無縁でいられているので、無事といってよいでしょう。

毎年5月26日には近況報告に加えてなんらか意思表明をする……ようには別にしていなかったようで、去年の日記はあるけどその前はなかった。ないならないでこれから毎年やっていってもいいかなと思っている。

OOParts の話をする。今は期間限定で月額1000円で遊び放題、期間終了後は月額3000円を予定しているということで、同じくクラウド上で美少女ゲームを遊べるサービスをやってる DMM と最終的には同じ価格ということになる。DMM のほうは使ったことないので比較はできないんだけど、月額3000円になるまでは正式リリースと銘打ったアーリーアクセスくらいのつもりで使ったほうがよさそうに思う。

まず、ふつうにゲームはプレイできる。たまに不安定なことがあって、操作が効かなくなったりすることが一回だけあったが、間をおいてプレイすると改善した。今のところは遅延がたまに発生するくらいでまあまあ遊べる。今は特に回線が輻輳しやすい時期なので、このあたりは寛容な目でみたいところ。

仕組みはゲーム画面をストリーミングで再生してこちらからは入力を送る、というだけのものだと思うんだけど、ゲームのプレイ環境をクラウドで用意するところと、配信環境がキモだと思われる。前者は最近のゲームも遊べるようにするためにそこそこのスペックが必要だし、後者はとにかく金を積み続けるしかない。ということを考えると、月額3000円でも採算取れないんちゃうか?という気持ちがある。潰れないで存続してほしいと思っているのですぐに加入したんだけど、あまり楽観視はできないよなーと思っている。

で、がんばってサービス拡充してほしいんだけど、いまのところふたつくらい課題がある。

ひとつは、ゲームが少ない。DMM と競合しているのでゲームを増やすのは難しいかもしれない。この手のサービスに乗り気なアリスソフト、オーバーフロー、オーバードライブあたりがゲームを提供しているのは強みではあるものの、このあたりのゲームってみんなだいたいプレイしており、再体験するためだけに月額1000円はきついのでは?という感じがある。むしろそこまでのビッグタイトルよりは、当時興味あったけど他のタイトル買ったからやってない、みたいなタイトルのほうがプレイしたさがあるように思っていて、それは今のところ層のうすさを感じる。当時一線級だったメーカーがもう撤退して存在しないとかもあり、どこかのプラットフォームが権利をもっていて、新規プラットフォームにとってハードルになってたりするかもしれない。

もうひとつは、UI の改善。たとえばメーカー名をクリックしてメーカー名で絞り込んが検索結果が表示されてほしいんだけどそういうのはないし、メーカー名以外の情報をタグ化してそこから絞り込んだページに遷移とかもできない。検索自体はキーワード検索ながらタイトル以外の情報でも検索ができる。ただしタイトルとクリエイター、メーカー全部にヒットするようなキーワードだとメーカー名だけで絞り込みたいのに!みたいなときに困ったりはする。
このへんはまだ本数が少ないのでそこまで致命的なものではないものの、トップ画面ではパッケージがずらっと並んでいるだけで、ゲームタイトルはクリックしてみるまでわからない、という感じになっており、厳しい。検索画面ではゲームタイトルとパッケージのサムネイルが見られるものの、表示順は謎で制御されていないように見える。発表年月なりメーカー名なりでソートしたいし、せめてタイトルでソートできるようになってほしい。 マイリストはプレイしたゲームの履歴でしかなく、お気に入りのゲームを保存するためには使えない。マイリストから消せるだけでもだいぶ違うと思うんだけど、そもそもお気に入り機能がほしいよなと思う。

ただ、たとえばお気に入り機能を何も考えずにつけると「あとでやる(一生やらない)」機能になる。このへんちょっと難しいんだけど、たとえばゲームをプレイしないとお気に入り登録できないようにする、とかは一つの方法だと思う。
検索もそうで、あんまり簡単に絞り込み、ソートができると、ユーザが望んだものとしか出会わないという状態になる。この手の遊び放題は、まだ知らないタイトルに触れることができるように誘導しないといけない。本屋の平積みみたいなことをやる必要がある。今のピックアップはただ乱数がなんかやってるな、程度でしかないので、結局サービス側が人力でがんばるしかないんだけど、それはそこそこコストがかかるので大変そうだなあと思っている。少なくとも、今のトップ画面や検索画面の「なんかよくわからんけどシャッフルされている」だけの状態はただ不便なだけで、未知の作品に出会う動線の引き方としてはぜんぜんうまくないので改善したほうがいい。

ごく個人的な感傷込みでいうと OOParts はタイムマシンだと思っている。

いまも現役のプレイヤーは新作ゲームは DL 販売で買うし、もはや新作ゲームを買わないという層が懐かしんでプレイするためだけには、月額1000円でもけっこうきつい。なんせ旧作はたびたびセールで2000円とか3000円とかで買えるわけで、それしかプレイしないんだったら年12000円も払わない。一ヶ月にプレイできるゲームの本数なんてたかが知れているので、遊び放題という戦略自体がまずきつい。美少女ゲームはだいたい10時間くらいかかる。長いものは20時間くらいかかる。短いゲームも少なからずあるものの、そういうゲームは安価で売られたりもしている。短いゲームをやるんだったら買い切りのほうがいいし、やるかわからんゲームのために月1000円は苦しい。それでも、あえてこのサービスを推したいのは、ゲームをプレイする環境をプレイヤー側で維持しなくていいから。
HDD には過去のゲームが何十本か入ってるものの、インストールし直さないと遊べないゲームもたくさんあり、マシンを買い換えるたびに再インストールしないといけないつらさがある。何十本もあるとさすがにぜんぶ DL 版をあらためて買うというわけにもいかない。特に好きなタイトルは折を見て買ったりしているものの、そもそも売ってないゲームなんかもある。そのへんをカバーしてくれるようになったら、それが理想のタイムマシンなんだよな、と思う。
まあ今のところは、当時のエロゲショップの空気感を断片的に味わえるだけ、くらいのものという感じなので、マジで本当のオーパーツになってほしいし、まずは2000年代前半のゲームを8割くらいカバーしてくれるとたいへん助かる。助かりたい。

OOParts の話をしたので最近のゲームの話もしていく。

美少女ゲームは衰退した衰退したと言われるけど、この10年くらいは低空飛行を続けているだけで、少子化で新成人が減少し続けることを考えるとまあまあ持ちこたえているように思う。また、文化としてはソシャゲなどに確実に継承されている。これで役目を終えたとは考えていなくて、デジタル紙芝居がデジタル紙芝居として定着してほしさはずっと感じている。アニメより低コストで作れて、小説より表現力がある媒体、かつプレイヤーが自分の意志で読み進めていくことができる。プレイヤーの入力にフィードバックを返すギミックはまだまだ行き着くところまでは行ってないと思っているんだけど、それは美少女ゲームがシナリオに偏り過ぎたので、ゲームデザインは未成熟だと感じている。90年代にはゲームとしてデザインされたゲームもたくさんあったんだけど、2000年前後に物語消費需要が増して、以後ゲームデザインの研究は停滞してしまった感じ。ところがコンシューマはそうでもなくて、完全に死んだラインでもない。まだやっていけるはずなので、やっていきたい。同人ゲーム市場ではゲームブック風のゲームがそこそこ……というか本数だけで見れば商業より売れてるので、ゲーム需要はある。

今後買う予定のゲームでも紹介しておこうと思う。

  • 天冥のコンキスタ
    買う予定というか予約済み。前作はゲームバランスに難があったもののそれなり楽しめてはいる。ただ、このメーカー RPG より SRPG のほうが向いてるよねというのはつくづく感じた。今回は SRPG

  • ぱられるAKIBA学園
    まるでクロシェットのゲームみたいだあ、と思ったら、onomatope*とクロシェットのコラボブランドとのこと。原画はどこでもすきしていつでもすきして*1の雛祭桃子氏、最近は onomatope* のゲームで原画描いてる人なんだけど、グラフィッカーがクロシェットなのかクロシェットぽい雰囲気になってる。

  • かけぬけ★青春スパーキング!
    サガプラのゲームはだいたいそこそこ好きくらいなんだけど今回は原案:瀬尾順と書いてあるのでにわかに期待感が高まってしまった。ぼくにとっての瀬尾順といったら春ポコなんですけど、みなさんも心のなかに瀬尾順がいると思います。みなさんはどうですか。楽しみですね。

  • 青春フラジャイル
    パープルのゲームめっちゃ積んでるけどこれも出たら買うとは思う。買うだけ買ってプレイしないみたいなこと増えてるのに OOParts で古いゲームやってる場合じゃない……。蒼乃むすびさん、ラズキュからこっちメインやることめっちゃ増えて大活躍ですね。いいですね。

  • 俺の姿が、透明に!? 不可視の薬(インビジブル)と数奇な運命
    もう出てるやんけ! まだ買ってないので今月中に買う。今月中に買うとクレジットカードのポイントがたくさんつくので*2
    出会って5分もまだプレイしてないやんけ! これは来月やります。やったら感想も書く。ていうかまだ感想書いてないゲームもめっちゃあるな……。
    Hulotte のゲームは設定を活かした話作りが毎回上手いのでオススメ。とりあえず妹三部作やるといいんじゃないかな。

最近見てるアニメの話とかハチナイの話とかはまた機会をもうけて書きます。

こちらからは以上です。

*1:これまたえらい懐かしいゲームだ

*2:誕生月なので

普段食べている野菜は意外とあたらしい

次のうち、平安時代よりも前には日本に存在しなかった野菜はどれでしょう。

  • ヤマイモ
  • ネギ
  • カブ
  • ニンジン

正解はニンジンです。今日ふだん食べているニンジンはヨーロッパ品種で江戸時代末期に伝わったものです。意外とあたらしいですね。ちなみに京野菜で知られる金時人参は東洋品種で、こちらは16世紀に中国から伝わっています。当時はニンジンではなく「胡蘿蔔(こらふ、こらふく)」と呼んでいました。ニンジンという名前は朝鮮人参の伝来以降で、もともとは朝鮮人参のことをニンジンと呼んでいたのが、後に見た目が似ていることからニンジンを芹人参と呼ぶようになって、やがて人参といえば今日のニンジンを指すようになっていきます。

ヤマイモ、ネギ、カブはいずれも和語です。名前が和語のものは古くからあったものである可能性が高いです。和語だから必ずしも日本に古くからある、漢語だから必ずしも日本に古くからない、とは限らないのですが、一つの目安になります。

  • ダイコン
  • ショウガ
  • タマネギ
  • ナガイモ

これは逆の例です。ダイコンは別名を「すずしろ」といいますし、そもそものダイコンも「おおね」の漢語読みに由来します。ショウガは古くはサンショウとともに「はじかみ」と呼んでいました。今は漢語で呼んでいても、むかしはそうでなかったものというものもあるわけです。一方、タマネギやナガイモは、玉のようなネギだからタマネギ、長いイモだからナガイモ、ということで、日本に古来からあるものになぞらえて名前がついているにすぎず、このような複合語については和語だから昔から日本にある、と断定することはできません。イモでいえば、サトイモとヤマイモだけが古くから日本にあったものになります。

さて、複合語でない和語ならおおよそ日本に古くからあったと考えてよさそうです。どれくらいあるでしょうか。

  • いも(サトイモ、ヤマイモ)
  • ねぎ
  • かぶ / すずな
  • おおね / すずしろ
  • ショウガ / サンショウ(=はじかみ)
  • せり
  • にら
  • うり
  • ふき
  • うど
  • わさび
  • たで

「うど」や「たで」がぱっと出てきた人はなかなか食材に詳しい人です。これ以上出てくる人は相当に詳しい人です。複合語としては「みつば」「あさつき」などがあります。語源不詳ながら、「くわい」も和語と考えていいでしょう。

さて、思ったよりずいぶん少ないと思いませんか。「ふき」などは日常的によく食べるというほどのものではないです。「うり」はマクワウリのことを指します。食べたことがないという人も少なくないでしょう。ふだんよく目にするのはネギ、カブ、ダイコン、ニラ、ショウガ、サンショウ、ワサビくらいです。セリはもはや野菜というよりは野草という印象さえあります。

逆に、よく使う野菜を思い浮かべてみてください。ジャガイモ、タマネギ、ニンジン、トマト、ピーマン、アスパラガス、サツマイモ、カボチャ、ホウレンソウ、キャベツ、ハクサイ、インゲン……いくらでもあげられるのでこのあたりにしておきますが、今挙げたような野菜は15世紀以降に日本に入ってきたものです。

上に挙げなかった野菜にはゴボウ、キュウリ、ナス、エンドウなどがあります。ゴボウは古代に、それ以外は平安時代までに日本に入ってきたものです。

レタスは、結球種でないものが奈良時代にチシャとして入ってきています。今日もカキヂシャとして食べているものです。結球種のレタスはもちろん江戸時代以降の伝来です。

江戸時代の初期からあるような野菜は、日本の伝統的な野菜と考えても差し支えないと思いますが、たとえばハクサイを食べるようになったのは明治時代からということなので、思ったより歴史の浅い食べ物です。まあ肉じゃがだってすき焼きだってせいぜい100年程度の歴史しかないのですから、だいたいそのようなものなんですけどね。


さて、なんでまたこういう話をしたかというと、ある時期に日本に入ってきたかきていないかだけで食べる機会のあるなしが決定されているなあ、と思ったからなんですが、たとえば、カボチャというと、ふつう皮が緑色のあのカボチャしか食べません。ところがハロウィンになると、皮がオレンジ色のカボチャを模したディスプレイを至るところで目にします。ほとんど食べる機会がないのに! ズッキーニは最近よくスーパーなどで見かけるようになりました。これだってほんの二十年前にはとてもめずらしい野菜だったわけです。

スウェーデンカブ、あるいはルタバガという種のカブがありまして、これはヨーロッパでは割と日常的に食べられているそうなのですが、日本ではほとんど見かけることがありません。日本にまったく伝わっていないかというと実は伝わってはきたのですが、受け入れられなかったので定着せず、飼料用くらいにしかならなかったようです。

思ったより食べたことないものが多いですね。

そう思ったので、日本で食べられないか、通販サイトなんかを見てみたことがあります。けっこう値段がするのと、時期を外すとまったく手に入らなくなる、という感じで、当時は諦めました。最近になって、「そういえばレストラン締まってるんだからレストラン向けの食材が市場に出回ったりする可能性あるな?」と思って、あらためて見てみると、ふつうに在庫がある!

で、先月試しにルタバガを買い、この間はゴールデンビーツ、パースニップ、根セロリフェンネル、リーキを買いました。ルタバガとゴールデンビーツ、フェンネルは試食済みで、根セロリ、パースニップ、リーキはまだ食べてないので、ぜんぶ一通り食べたら感想でも書こうと思っています。

フェンネルは葉っぱでもフェンネルシードでもなく、鱗茎の部分です。フィノッキオと呼んだりもする。

他にもいくつか買おうと思ったんですが、たとえばカーボロネロとかロマネスコは、いずれもキャベツ、ブロッコリーで味を想像しやすかったのと、わりとこのへんは手に入れやすいのでまた今度、という感じに。
アーティチョークは食べるのがめちゃくちゃ大変な上、可食部が少ないということが既知だったので、パスしました。たぶん生のアーティチョーク買うより瓶詰めとか買ったほうが楽ですね。

ということで、今なら変な野菜買えるのでみんなも買ってみてね。

こちらからは以上です。

ソフトハウスキャラのゲームの話

ソフトハウスキャラっていうメーカーはちょっと変わったゲームシステムのSLGを作っているメーカーで、毎回実験作を投入してくる。実験作なので面白いこともあれば面白くないこともあり、たとえばDAISOUNANなんかは結構大きく不満が発生したりした。

DAISOUNAN の思い出

DAISOUNANは未開惑星に不時着したおっさん二人とたくさんの美少女と主人公がなんとか惑星脱出のためにサバイバルするというSLGで、マップを移動しながら資源を集めたり女の子と話したりしながらゲームを進めていく。この女の子と話すのが曲者で、女の子がいるマスに向かって移動しようとするんだけど、女の子も同時に移動しようとする。どの方向に向かって移動しようとするのかわからないので、女の子と同じマスに入れる確率は単純計算では4分の1になる。これを繰り返して女の子との仲を深めていくことになり……正気か?となった。

パッチである程度遊べるようにはなったものの、前述の女の子の移動含め、とにかく乱数が悪さをするタイプのゲームで、SLGというよりはくじ引き、という感じになってしまっていた。もっとも、DAISOUNANは南国ドミニオンのブラッシュアップ作品なので、実験作枠に入れるのが正しいのかどうかはわからない。ただちょっと冒険した作品ではあった。

紅村かる氏をメイン原画に採用したのもけっこう冒険で、賛否両論、絵がいいというユーザもいれば違和感があるというユーザもいた。特にスレでは不評だったと記憶してるんだけど、BUNNYBLACKで再起用されて以後二枚看板として定着したことを思うと、結果論ながら先見の明があったんじゃないかという気はする。当時のエロゲ市場の流行ではなかったのは確かにそうだとは思うんだけど、ラノベの表紙なんか見てると既に「~系」というカテゴライズが難しいくらいに多様化していっていたので。かる氏は今は成年コミックを描いてるんだけど、成年コミックだとぜんぜん浮いていないというか、時代が追いついたというか、人間の体がちゃんと人間の体になってるんだけど顔はほどよくデフォルメが効いているという絵柄、割とスタンダードっぽい。

個人的にはDAISOUNANの絵もイベントシーンもめちゃくちゃ好きだった。キャラクターもなんだかんだ好きだったと思う。素材集めのしんどさ、ヒロインと鬼ごっこするしんどさなどあれど、クリアしてみればいい思い出で、まあぜんぜんよくないんだけど、これで見限るメーカーでもないよなと思っていたので、こういうゲームもあるよねという感じだった。

DAISOUNANの後、忍流が出るんだけど、実は忍流のあとにDAISOUNANをプレイしている(他の過去作も忍流のあとにプレイしたものが多かった気がする、順番は覚えてない)ので、DAISOUNANの後にプレイした新作は BUNNYBLACK だった。

BUNNYBLACK の思い出

2010年代って実は2000年代ほどにはエロゲ市場縮小してなくて、2012年からは減少傾向が緩やかになってる。パッケージは確実に売れなくなってきてるんだけど、パッケージ買っても最近のPCにはディスクドライブないし、もうダウンロード版でいいよねという感じのユーザも増えてきてるんじゃないかと思う。

そんな2010年代にソフトハウスキャラ第二期を支えたのがBBだと思っていて、BBの後がソフトハウスキャラ第三期。第三期の話は後でするとしてBB1~3の話をする。

BBはソフトハウスキャラには珍しく普通のダンジョンRPGだった。当時は世界樹のヒットもあってダンジョンRPG自体が熱い時期だったのもあったし、出来も荒削りながらもよかった。後発の雪鬼屋がBBよりもずっとソフトハウスキャラらしいゲームでしかもこれまたよく出来ていたので、BBより雪鬼屋のほうが面白かったなとは思うんだけど、それでも続編が出ると決まったときは嬉しかったんだよな。

それででてきたのがBB2で、BB1の悪いところが更に悪くなったようなゲームだった。とにかくダンジョン探索がだるく、ゲームを進めるモチベーションを保つのがきつかった。実際途中でプレイをやめてBB3が出るまで放置していたまである。クリアしてみれば話はちゃんと面白かったんだけど、ダンジョンRPGとしての作り込みをもうちょっとなんとかできなかったのか、という気持ちが強い。その点はBB3でかなり改善されたんだけど、いまにして思うとキャラってそういうやり方をするメーカーではなかったですね。毎回実験作を作ってたのが、ダブル看板にして2プロジェクトを並走させて、片方では同じゲームシステムをベースにブラッシュアップして出して、もう片方では新しいゲームデザインを試行していく、というやり方を取るようになった。

BB3ではダンジョン部分を1や2よりはぐっと遊びやすくし、これにキャラらしいSLG要素を組み合わせてきた。シナリオに関しては、完結したのでよかったですねとは思うんだけど、もうちょっと丁寧にやってほしかったという気持ちもある。騎之助氏は作品を出す毎にテキストを書くスタミナが減っていっているのが目に見えてわかる感じがあり、BB2に出た門を守るお仕事、BB3と、野菜、悪魔娘……少しずつユーザーの不満が高まっていった時期だったと思う。

悪魔娘の看板料理の思い出

悪魔娘の看板料理は新規タイトルながら、DAISOUNAN が南ドミのブラッシュアップ、門を守るお仕事が巣ドラのブラッシュアップだったように、これはブラウン通りのブラッシュアップ作品と見ていい。雪鬼屋をグリンスヴァールの後継作と見るなら、雪鬼屋、BB2、門、BB3、アウトベジタブルズ、悪魔娘と、ここまでアウトベジタブルズ以外に新規の実験タイトルがない。今にして思うとこのへんから新規タイトルの企画がしんどくなってきてたのかもしれない、と思う。

悪魔娘自体はブラウン通りをかなり現代風に遊びやすくしたゲームで、今プレイしてもそれなりに楽しい。ただボリュームはないし、リプレイ性が高いゲームでもない。底が浅い、ということはよく言われていたんだけど、そんなにボリュームが重要か?という気はする。もちろんフルプライスなので、相応のボリュームが求められるのはわかる。もうちょっとレベルカーブを丁寧にしてほしかったという気持ちもある。シナリオも……まあ以前はもっとたくさん読めたなという感じだったんだけど。

手軽に遊べていいゲームだけど、これにフルプライスはきつい。たしかにね。今だとDL版がちょくちょく割引セールされているので、割引セールで買ってプレイしてみてほしい。

その古城に勇者砲あり!の思い出

さて、悪魔娘の後に勇者砲という作品が出た。かる氏が連投しているんだけど、今度は明確に別ラインでの新作、という形になって、ブランドもチーム++と銘打たれている。これはプログラムもシナリオも外注している。既存作のブラッシュアップをするなら内製じゃなくてもいい、という割り切りをしたというわけだ。これがよかったのかどうかは、ちょっとわからない。

ごく個人的には、勇者砲は、チーム++であって従来のキャラではないな、という印象で、キャラっぽいゲームシステムでキャラっぽい世界観なんだけど、ゲームデザインがキャラっぽくないし、シナリオも騎之助節が効いてない。面白かったけど、自分の好きだったキャラのゲームとは違う、まあこのラインでもゲームが出るのは嬉しいのでいいんだけど、物足りなさは正直感じていた。ボリュームに劣る悪魔娘のほうが、個人的にはずっとキャラらしくて好きだったのだ。

しかし個人の気持ちがどうあれ、悪魔娘は一般的には不評で、勇者砲はそこそこ好評だった。うーむ。

あ、でもエッチシーンの尺が伸びたのはよかったと思ってる。そこが一番大きな不満だったんじゃないかな。でもなー、やっぱり俺様和姦レイプが見たかったんだよな……。

チーム++はこの後呪いの魔剣、大樹と二本出してて、呪いの魔剣はウィザクラのブラッシュアップ作品、大樹は勇者砲ベースで侵攻型にアレンジ、と、どちらもちゃんと遊べるゲームになっていた。ソフトハウスキャラは解散しちゃったけど、これくらいの出来でゲームがコンスタントに出てきてほしかった。

プラネットドラゴン、領地貴族はそこそこに面白く、どっちもボードゲームっぽいゲームデザインでそういうのが好きな人にはウケそうだったんだけど、そういうのが好きな人はエロゲーやらなさそうという感じもあり。 悪魔聖女はもう完全にボドゲソリティアっていう感じのゲームデザインだった。デザインが詰めきれないまま出てきてしまった気配があり、もううまいこと企画出してもゲームに昇華できるだけの体力がないのかもしれない、という予感がしていた。

巣作りカリンちゃんの思い出

あとになってから思えば、巣作りカリンちゃんを出して、これでソフトハウスキャラを畳もう、ということだったのかもしれない。巣作りカリンちゃんは、勇者砲以上に巣作りドラゴンに寄せたブラッシュアップ作品で、巣作りドラゴンぽいんだけど、巣ドラと比べるとゲームデザインは緩めというか、周回前提にして、初周攻略を突き詰められるような調整は諦めて、その代わり周回後のハイスコアチャレンジを目指せるように高難度まで作ってある。ハイスコア目指すのはそれなりに大変なのでやりがいはあるものの、ここの調整はやや甘く、時間が足りなかったようには見える。まあ延期もできなかろうし、仕方ない。時間がないなりに出来はちゃんと面白くなっており、恋姫キャラが騎之助節シナリオで読めるのもそれも味でしょうという感じがある。恋姫ファンからはあまり評判が芳しくなかったりはするものの、恋姫に忠実であるべきかというとそうも思わない。ここまでデレデレになる桂花が見られるのは巣作りカリンちゃんだけ!

ソフトハウスキャラのゲームの話

さて、ソフトハウスキャラはずっとSLG、たまにSRPGとかRPGを作って出しているメーカーだったので、読むゲームよりは遊ぶゲームのメーカーだった。それでもエロゲなので、読むゲームとしての側面も持っている。

昨今のスマートフォンゲームなんかはおおよそこの読むゲームパートつきの遊ぶゲームになっている。各メーカーが読むゲームパートを遊ぶゲームパートのテンポを崩さないように組み込むことに苦心してるんだけど、キャラのゲームは、ここのバランス感覚がよかった。とにかく読むパートが入っても邪魔にならない。というよりは、遊ぶパートと読むパートがちゃんと両輪になっていた。イベントを起こすためにSLGパートで工夫をして、イベントが起きたら次のイベントを起こすためにまたSLGパートを工夫して……というサイクルがちゃんと効くようになっていた。そのサイクルの効きのよしあしはゲームによってまちまちではあったんだけど、ソフトハウスキャラのゲームはここは外さなかったと思う。思い出補正もあるかもしれない。DAISOINANなんかは、早くイベントパートに辿り着かせてくれ、ってなるくらいだったので、調整が失敗してるゲームもあったのは確かだし。まあでも「ゲームの邪魔にならない読むパート」ではなく「ゲームを遊ばせるための読むパート」が機能しているという感じがあった。
アリスソフトもこれが上手いメーカーだと思うんだけど、アリスソフトSLGは全体的には詰将棋っぽいというか、究極的にはチャート作ってそのようにやる、という感じになりがちで、そうなると初見プレイでイベントを見てやり直して見たイベントはスキップ、みたいな、ちょっとぶつ切りのプレイフィールになってしまうゲームも少なからずあったと思う。まあちょっとソフトハウスキャラ贔屓ではあるんだけど。

エウシュリーはおおよそRPGメーカーなので、RPGのイベントシーンが入るところにイベントシーンが入ってくる、という感じで、まあプレイヤーはそういうの別に慣れてるし不満ないですね、という感じ。遊びにくいと思ったことはあんまりなく、RPGらしくよく仕上がっていた。ただ、ゲームシステム上の恩恵を受けるためにイベントを消化している、と思う場面がないでもなかった。これはイベントシーンに充分な尺があって、ゲームパートと気軽に行き来出来る感じがなかったからかなーと思っている。これは最近のスマートフォンゲームのキャラクターエピソードを読ませるタイプのやつでも同じようなことをときおり思う。読むと石もらえるから読むけど、読んでられないので結局スキップして後で詠みたくなったときに読むか、みたいな。で、読まない。そういうことがある。

ソフトハウスキャラはテキストが薄いとよく言われるんだけど、とにかくゲームを邪魔しないようにデッドウェイトを削いだデザインなんだと思う。重要でないイベントシーンは短く、テンポよく、プレイヤーがゲームパートで工夫してようやく辿り着くような重要なイベントシーンでは、比較的尺を割く、ということをやっている。これは別チームの勇者砲なんかでもちゃんとそうなっていて感心した覚えがある。勇者砲は全体的にテキストボリュームを増しているんだけど、幕間のイベントは短くテンポよく、ということは意識されてた感じがある。

最近遊んでるスマートフォンゲームだと、たとえばワールドフリッパーはそのへんの遊びやすさにはかなり気を遣っている。キャラクターエピソードもテンポよくて演出待ちが苦にならないし、これくらいなら読んでもいいか、となる。ストーリーを進めていても、ストーリー間のイベントシーンがそれほど邪魔には感じない。しいていうと、せっかくイベントシーンとゲームシーンで同じ画面デザインが使えるんだから、シームレスにゲームパートに入ってほしい、という気持ちはあるんだけど、それはちょっと贅沢かもしれない。

ともあれ、ソフトハウスキャラのゲームは、テキストを読ませるテンポ感に関しては、かなり気配りができていたと思う。

悲しいかな、ユーザーはテンポよくサクサク読めてあっという間に終わってしまうゲームのことは、短い、薄い、ボリューム不足、と評する。別の理由でボリュームが足りていないゲームもあったので、それは一面では正しいんだけど、テキストのせいだけではないですね、と思っているし、それは言っていきたい。そんでもって、テキストを水増ししてゲームのテンポを殺すくらいなら、テキスト排除してゲームに徹してくれよ、と思う。そのへん、テキストを読みたいエロゲユーザのニーズに噛み合わなくて、厳しいかもしれない。同人ゲーム市場見てるとテキストが絶対に必要とは思わないんだけどな。

まあなのでプレイヤーが快適に読めるゲームだったらプレイヤーはちゃんとゲーム買って遊んでくれるのかっていうと必ずしもそうとは言えず、快適に読ませることと、プレイヤーに充実感を与えるために多少読むのに力をかけさせること、を両立しないといけなくて、SLGだと後者をSLGパートで担える、ただソフトハウスキャラは晩年にはSLG部分の作り込みが甘くなって、プレイフィールがどんどん浅くなってしまった……と思っている。

おわり

いつくらいからかわからないんだけどCi-enをはじめたくらいから終わりの気配は感じていた。特にそれが強くなったのは、Ci-enの有料プランをなくしたとき。もうこのときに畳むことが決定されてたんだと思う。だから解散って聞いたときに、やっぱり、と思った。だから寂しくないかというと寂しいに決まってるんだけど、まあでもしょうがないよね……とも思う。

ボドゲが好きな人たちが作ってたんだろうなあとずっと思っていた。ボドゲファンかつアマチュアゲーム制作者としては、かつてのソフトハウスキャラのゲームが好きだった人に、「キャラのゲームっぽいね!」って言ってくれるような、そんな面白いゲームが作りたいなと思う。作っていく。

フルボイス化の功罪

Twitter ではなんか書き散らしてしまったんだけど、自分の考えとしてはフルボイス化したことが「エロゲー、特にノベルゲームの衰退を招いた大きな原因」っていうことには同意できなくて、なんでかというと、確実に売上に寄与した面もあろう、と思っているからなんですよね。少なくとも「大きな原因」ではないだろうとも思う。プラスの面があるから、離脱するユーザがいたとして、収支がどれくらいだったのか、ということになるんだけど、そのデータは誰も持っていない。だからこれはこの人の個人的な感想に過ぎませんよね、という感じですし、ぼくが書くことも個人的な感想に過ぎません。ただ、両者の意見が拮抗するなら、それは功罪あったという話で、衰退を招いた原因だけとは言えないんじゃないですか、と思っています。


これで話は終わりなんですが、もうちょっとまとまってないことを書いていきます。

売上が前年に比べて大きく減ったのは2006年で、これも別に何か大きな理由があって売上減になったわけではないと思うんですが、「ユーザの興味が別に移っていった」というのが主要因で、その副要因はユーザによってさまざまあり、後から考えるとたとえばアニメ見るほうが楽しくなったとか、ラノベ読むほうが楽しくなったとか、ゲームとか、SNSとかスマートフォンとか、時代が下るにつれていろんな別メディアが出てくる中で、ユーザの可処分時間をエロゲに割けなくなっていった、というのは実際そのとおりなんですが、とはいえ、2006年時点で、エロゲに割いていた時間の100%をアニメに割きましたか?というとそうでもない。ラノベやゲームにしてもそうなので、どれか一つが大きな原因たりえないと思っています。むしろ、エロゲは「ちょっとでも時間を割けなくなったら1秒もプレイしなくなる」ような媒体だったことが原因ぽく、もうちょっと言い換えると「ゲームの体験のためにかける時間が長すぎる」のがプレイヤーのモチベーションにとって枷になっていた感じはあります。

これはゲームが大作化したことによって起きたことで、フルボイス化はゲームの大作化を招いたものなので、フルボイス化は遠因としてあると思うんですが、フルボイスになったことでゲームのプレイフィールを損ねた、というのはたぶんその人がそう思った以上のことはないなという感じです。そう思ってる人も少なからずいるとは思うんですが、とはいえ、それだけが理由でやめたわけじゃないでしょう、と思ってしまう。本当にそれだけが理由だったら、それくらいの理由で離脱する程度に魅力のないコンテンツということなので、それ以外の理由も少なからず影響している。だから「大きな原因」じゃないでしょう、と言っているわけです。

一方ゲームを作る側は、プレイフィールの向上をおろそかにしていたかというと、実はそんなことなくて、たとえば千桃は演出の切り替えがとても軽快で、プレイヤーを待たせずにどんどん読ませることができるようになっています。一メッセージのテキストもかなり考慮されていて、自然に読み進められるようになっている。とにかくテンポがよく、相当量のテキストを読んでるはずなんですが、気付いたらゲームが進んでいて終わってしまった、というくらいには体感で軽いゲームでした。体感で軽いゲームだったことについてボリューム不足であるという指摘をしているユーザが結構おり、でも本質的にはそうではない気もする。ちょっと言語化できてない。

穢翼のユースティアは主人公の行動に大きく制約をかけていることがゲームの緊張感を生んでいて、これが物語の重さにも繋がっていたし、終盤のカタルシスに繋がっていったと思うんですが、一方で読むのに力を使うゲームでもありました。千桃はそのへんが軽快だったがゆえに、読みやすくはなっているものの、適度な緊張感はやっぱり必要なんじゃないかという感じもあり、ただ、千桃の物語にとってはこれでよかったろう、というのが個人的な気持ちなので、これで合わない人は合わないですね、とも思う。


なんかノベルゲームっていう表現がもはや行き着くところまで行ってしまって袋小路にいるみたいな印象もあるんですけど個人的には研究する人がいなくなったので行き詰まっているという感じ、でもぜんぜん研究の余地ありますし、いろんなところでノベルゲーム風の会話シーン出てくるんだから、まだまだやる価値ありますよねと思う。


既存プレイヤーはなんだかんだ大作をプレイしたい感じがありましたし、離脱したプレイヤーも、歴史に名前を残すようなゲームならプレイしたいと思っていたかもしれませんが、実際のところ、離脱したプレイヤーのどれくらいがシュタゲをやったのか、穢翼のユースティアをやったのか、ととのをやったのか。売上からは、一度離脱したプレイヤーが復帰することはあまりないんだろうな、と思わざるを得ません。「コンテンツに問題があったからプレイしなくなった」という話をぼくが肯定できないのはそのへんの理由もあります。だって、質がよくてもやらなかったじゃん、と。まあ好みの問題もあると思いますけど、作る側がコンテンツの質を高めるための工夫をなんにもしないでいたかのような言説には抵抗があります。結果論はしんどいですよね。コンテンツの質を高めても売上にはあんまり寄与しなかったように見える。そもそもコンテンツの質の話をすると、質というのはプレイした人間にしかわからないことなので、誰かをプレイさせるためのものにはならない。訴求するためのものはそれではない。どれだけテンポよく快適に遊べるようになったとて、「でも全部読むのに20時間とかかかるんでしょう? じゃあいいや」ってなる。そういいながらSteamで無限に工場作ったりするので、プレイしたいしたくないという話は、あんまり合理的な理由付けとかなくて、もっと言語化されざる欲求にもとづいているでしょう。エロゲはそのレイヤでの訴求力があんまり強くない、強くなくなったということです。エロゲがブームになる前には、アダルトコンテンツであるだけで訴求力があったんですけど、これも2000年代中頃には「エロのためにエロゲをやる」ということが、特定のジャンルを除いて主目的たりえなくなってしまった。

コンテンツが上位のレイヤに訴求するようになっていくとユーザは離脱することがわかっていて、理解するのにコンテキストを要求するようになるし、そもそもよりプリミティブなレイヤほどの訴求力がない。映画やアニメは絵や音楽を使ってそこに訴求することをずっと研究してやってきている一方で、たとえば小説はそのへん結構苦しい。小説は漫画に比べて読者人口が少ない、これは事実なんですよね。ノベルゲームも本質的にはテキストを読むことなんで、やっぱり枷になっている。


最近なろうみたいなウェブ形式の小説が結構読まれてきているんですけど、行間段落間のスペースをがっつりとって読み手のテンポ感をコントロールすることは文章より下位のレイヤに働きかけることのようにも思っていて、昔は否定的だったんですけど今はそうでもないです。


あとノベルゲームのほうがアニメに比べると単位時間あたりの情報量多いと思うんですけどこのへんもどうなんでしょうね、って思ってます。エロゲ、アニメ化すると厳しいんですけど、なんで厳しいかというと、尺がきつすぎる。大胆に構成を変える必要がある。アニメ1クールはおおよそ5時間ですけど、ノベルゲームのキャラ一本5時間ではクリアできない上、地の文読んでる時間をたとえばアニメでキャラクターのモノローグにしようとしたりすると無理になる。どうなんでしょうね、っていうのは、本当にエロゲと同じボリュームのコンテンツをアニメでやろうとすると、エロゲをプレイする以上の時間を確実に要求されるし、コストもエロゲ一本作るより確実に悪い。フルボイス化が悪いって言ってるけど、比較するにあたってフェアじゃないように思える。むしろ逆に、コンテンツがコンパクトであることのほうが重要、コンパクトであることが受け入れられるメディアであることが重要なんじゃないかっていう感じはあり、エロゲはコンパクトなコンテンツをユーザーが求めてこなかったので苦しい、というのが所感です。ロープライスゲームが売れてないので厳しいですね。春ポコみたいなミドルプライスのゲームがもっとたくさんあってよかったんですけどね。尺もちょうどよくて遊びやすかったし、読後感も充分によかった。


こちらからは以上です。

攻略順フリーであることとレベル制の親和性の低さをどう解決するか

幾分批判的なトーンでRPGは一本道であると言われる。これを解決する方法の一つが攻略順をフリーにすることで、巷ではフリーシナリオとか、あるいはエリア間移動をシームレスにするところまでを含めてオープンワールドと呼んだりする。エリア間移動をシームレスにすることは、言ってみればステージの垣根を視覚的に取り除く行為でもあって、適正レベルに応じてステージを区切ったときにあらわれるアトラクションテーマパークを遊ばされているという印象を拭うのに効果的でもある。今回はそっちはひとまず置いておくとして、フリーシナリオの話をしていく。

フリーシナリオでステージごとに適正レベルを設けると実質一本道になり、上手く機能しない。一本道であるほうがプレイヤーにとって望ましい場面すら出てくる。それでもフリーシナリオにはプレイヤーが自発的に選択しているという実感があるので、推奨攻略順が一本道になる場合でも、攻略方法をプレイヤー自身が見出すことで、ある種のショートカットをして早解きが可能、みたいなゲームは存在するし、それも一つの解決だろうとは思う。

しかしこれは攻略順をスキップしているだけで、攻略順を組み替えていることにはならない。

効果的に攻略順を制御しているゲームは、ほかのジャンルをみるといくつか見られる。たとえばロックマンはボス武器の相性によって攻略順をコントロールしているが、プレイヤーによって得意不得意もあり、必ずしもその順で攻略しなくてもクリアできるし、そのような攻略方法も許容される。このようなあるステージを攻略することで次のステージの難易度が下がるという方法は参考にしてよさそうだ。

一方この方法であっても、やはり推奨攻略順のようなものは生じるし、おおよそのプレイヤーはその方法で攻略するようになる。自分で考えて正しそうな攻略順を編み出す時代にはそれでよかったが、現代ではインターネットによって即座に最適攻略順が提示されてしまう。結果的に一本道になる。もっとうまい解決方法はないだろうか。

サガシリーズのいくつかの作品では戦闘回数で敵テーブルが変わるという仕組みを取り入れることで、プレイヤーがどの順で攻略してもレベルのエスカレーションが発生することを目指している。なんだけど、これ「敵との戦闘を最低限に抑えることで難度上昇を抑え、アドバンテージをキープする」のが目的になり、結果的に「敵と戦闘せずに戦力増強可能なシナリオを選択していく」ことにインセンティブを生じさせている。平たく言うと、この方法でもやっぱりおおよそ同じ順で攻略していくことになる。とはいえガチガチな攻略方法を構築しなくてもクリアできるようなゲームバランスになっているので、一本道感は薄い。ある程度は成功していると言っていい。

ところで、このようなゲームの進行度を攻略エリアではなく敵テーブルでみるとどうか。攻略エリアは自由になったが、敵テーブルは進行度と同期している。ゲームが進むにつれて出てくる敵が変わる。このゲームからエリア探索を排除し、敵との戦闘だけを行うようにすると、一本道のゲームになる! RPGは探索と戦闘の両輪で構築されている。戦闘が一本道になるということは文字通り片手落ちになってしまう。もちろんボスはエリアによって異なるのだが、これはたとえば学習度で攻撃パターンが変わるのようなギミックで制御している。ここに攻略の多様性を見出すことはできなくはないが「通常敵との戦闘を通じてボス戦の予習をする」という仕組みを組み込もうとすると、結局一本道じみてくる。

「通常敵との戦闘は稼ぎ」と割り切り、ボス戦だけでプレイヤーにゲームを学習させるというのは一つの解決である。そのような方法はロックマン方式との相性がいい。

ランスXはロックマン方式を採用しながらも、ランダムで入手したキャラクターによってステージの向き不向きが変わるというデザインを取っている。毎回同じプレイングが通用しないが、周回を重ねるとキャラが強化されたり、周回ポイントでレベルが上がりやすくなったりなんだりというデザインになっている。ステージクリアの方法で難易度の上がり方が変わるのも妙手で、早解きすると急激な難度上昇を誘発する。じっくり攻略することで自軍の戦力増強と難度のエスカレーションのバランスを取ることができるが、攻略にはタイムリミットがあり、のんびりしていると人類は破滅する! これを周回によってプレイヤーに学習させながら、周回ボーナスを与えることで、ゲームプレイを通じたレベルの上昇、プレイヤースキルの上昇を実現している。

これは今あるゲームデザインを組み合わせて出てきたものなので、それほど不思議なものではない。


これは思いつきのアイデアにすぎないものだが、敵ごとに「理解度」というステータスを設定し、同じ敵と複数回戦闘することでたとえばクリティカル率、命中率、回避率が上がったりするような仕組みを設ける。初見のエリアには初見の敵が登場するので、前エリアの攻略が通用しない、ということをパラメータでシミュレーションするわけだ。そのかわりにキャラクターのレベルは撤廃するか、きわめてマイルドにする。

この仕組みではエリアを通じたエスカレーションを導入する必要はない。エリア内でエスカレーションを閉じてよい。が、あるエリアの攻略が他のエリアの攻略を有利にするような仕組みは導入したほうがよい。相互の影響が薄いゲームは攻略順が自由なのではなく、単に別のゲームをバラバラに並べただけのものでなってしまう。たとえば同系のモンスターには「理解度」ボーナスがある程度適用されてもいいだろうし、あるエリアを攻略したときに得られるアイテムが後のエリアの攻略で有用という仕組みも有用だ。

これは言ってみればエリアごとに進捗をリセットせよ、というアイデアだ。違うことをやっているのだから、違うレベルを要求すればよい。全体を通じた進捗度を並行して上げていくことで、プレイヤーとしては攻略が進むにつれてできることが増えていく実感を得られるようにできる。というアイデアは、実のところRPG以外では普通に存在する。たとえばローグライクゲームは、毎回進捗がリセットされる。しかし攻略方法はプレイヤーに蓄積される。ここをプレイヤースキルではなくゲームシステム側でカバーするアイデアを採用したのがたとえば周回制のゲームになる。両方を組み合わせたゲームというのもある。前述のランスXもそうだが、プレイヤーが死に覚えの間にもゲームシステム的なリソースが蓄積されて攻略難度がマイルドになるというアイデアは、実にうまい方法に思う。実際のところはRPGのレベル制と同じことではあるのだが、別にそれは一つのゲームで閉じていなくてもいい、ということなのだ。


ここまでをまとめて振り返って結論を出していこう。

RPGはレベル制を導入することで、プレイヤーの学習以外の方法で難易度カーブをコントロールするという方法を生み出した。しかしこれによってステージの攻略順はある程度固定化され、ゲームの自由度が下がってしまった。ゲームの自由度を取り戻すために攻略順フリーを導入したら、今度はレベル制が壊れてしまったので、攻略順に関わらず難易度が上昇する仕組みを導入した。そうすると見かけ上攻略順を自由にすることはできたが、戦闘を切り取ってみると実は一本道になってしまっている。レベル制とフリーシナリオを両立することはむずかしい。

以下のような解決アイデアがある。

  • レベルの一元管理をやめ、エリアごとに細分化したレベルを導入したり、ゲームを横断したレベルを導入することで、難度のエスカレーションをパラレルにしたり、多段にしたりできる。
  • 次に進むべきエリアの提示をゲーム毎にランダムにすることで、多様なゲーム展開を可能にする。

こちらからは以上です。