ヘロドの血

サラブレッド三大始祖といって、サラブレッドの父系をたどっていくと、元になった三頭の馬に行き着く、というものがある。
ダーレーアラビアンゴドルフィンアラビアンまたはゴドルフィンバルブ、バイアリータークの三頭がそれだ。もちろんこの三頭はサラブレッド以前の種であり、サラブレッドではない。ダーレーアラビアンはアラブ種だし、ゴドルフィンアラビアンまたはゴドルフィンバルブは、アラブ種かバルブ種とされる。バイアリータークはターク種。

さて、三大始祖ダーレーアラビアンゴドルフィンアラビアンバイアリータークの子孫についてだが、これも途中まではほとんど一本の系統になっている。なっているというか、なってしまった。その一本の系統以外は廃れて、現代に残っていない。だから現代の馬をたどっていくと、ある時点から一本の系統に収束する。

ダーレーアラビアンではエクリプス、ゴドルフィンアラビアンではマッチェム、バイアリータークではヘロドがこれに当たる。この三頭もまた、まだサラブレッドではない。サラブレッドという概念が成立するのは彼ら以降である。しかしながらこのあたりからサラブレッドが形作られていったわけで、エクリプス、マッチェム、ヘロドの三頭をサラブレッド三大始祖と呼んだりもする。

ちなみにダーレーアラビアンにはフライングチルダースという系統もあったのだが、これはサラブレッドとしては廃れている。

現代のサラブレッドはほぼエクリプス系であり、マッチェム系、ヘロド系はごくわずかにしかいない。ヘロド系の種牡馬は日本にはクワイトファインとギンザグリングラスの二頭しかおらず、クワイトファインは一回きりの繁殖であることが決まっているので、クワイトファインに牡馬の子が生まれて種牡馬入りしないかぎりは、ギンザグリングラスの系統しか残されていない。そのギンザグリングラスは一応産駒が地方競馬で勝ち上がってはいるが、あまり目覚ましい活躍をしているとはいえない。先日フェイドハードが2勝目を上げた。善戦もしているし、いいところまではいけそうに思えるのだが、なかなか難しいだろう。

と、父系としては苦境に立っているヘロド系だが、ヘロドの血、という意味でいえば、エクリプスにも匹敵するほど現在の競走馬に強い影響をもたらしている。

ヘロド系の種牡馬ザテトラークの子に、ムムタズマハルという牝馬がいる。現役時代には Flying Filly の異称をもつ快速馬だったが、繁殖入りしてからムムタズマハルは一大牝系を築き上げる。 二番仔となる娘のマーマハル。その子、マームード英ダービーを勝ち、その後種牡馬として名牝アルマームードを輩出。アルマームードの子に後にヘイローの母となるコスマーや、ノーザンダンサーの母ナタルマがいる。つまりアルマームードはヘイローやノーザンダンサーの祖母にあたる馬である。アルマームード自身はムムタズマハルの牝系ではないが、その血はマームードを通じて伝わっている。
ほか、スマートファルコンタニノギムレットがマーマハルの直系の牝系に属している。

六番仔ムムタズビガムはナスルーラの母となった。ナスルーラは日本では特に影響の大きな系統で、プリンスリーギフト、グレイソヴリン、ネヴァーベンド、ブラッシンググルーム……といった多数の系統の子らが80年代から90年代にかけて日本で活躍した。
これだけでもすごいが、娘のサンプリンセスがロイヤルチャージャーの母。ロイヤルチャージャーも偉大な種牡馬だったが、更にその子ターントゥからヘイルトゥリーズンサーゲイロードが、ヘイルトゥリーズンからはヘイロー、ロベルト、そしてヘイローからはサンデーサイレンスが生まれている。 玄孫世代にはカラムーンがいる。カラムーンカンパラの父、トニービンの祖父である。カラムーンはグレイソヴリンの孫だから、ナスルーラの曾孫だ。父系としてはナスルーラの母にムムタズビガムがいる一方、牝系もまたムムタズビガムの直系である。 直系の牝系に属する馬にホクトベガがいる。残念ながら競争中に予後不良になってしまったが、彼女の強さはムムタズビガムから受け継がれてきた血によるのかもしれない。

直仔の牡馬も構成に影響を残した。八番仔ミルザは一大牝系を築くスカイラーキングを輩出。スカイラーキングの牝系からはヴィルシーナシュヴァルグランヴィブロスダノンシャンティグラスワンダーといったGI馬が生まれている。

五番仔バドルディンはマイバブーの母となるパフュームを輩出。マイバブーはパーソロンの祖父であり、パーソロンは日本競馬で大活躍した名種牡馬である。シンボリルドルフメジロアサマサクラショウリといった八大競走勝馬あるいはGI馬を輩出、母の父としてもカネミノブシリウスシンボリメジロドーベルといった活躍馬を出した。トウカイテイオーメジロマックイーンらの世代以降、パーソロンの系統は衰退の一途をたどったが、オルフェーヴルドリームジャーニーを通じてメジロマックイーンの血が受け継がれている。

そんなわけで、世界的な大種牡馬ノーザンダンサーナスルーラヘイルトゥリーズンらの祖になったのがムムタズマハルであり、その祖先がヘロドである。ヘロドの血筋は父系としては途絶えつつあるが、偉大なその血は名牝ムムタズマハルを通して広く伝わり、今日もどこかで走っている。