Excel 方眼紙よりも優れたフリーレイアウトのツールがあるらしい

紙っていうんですけど。


さておいて、おそらくは紙の上でやっていたことをデジタルに移行するときにそのまま同じようにやろうとすること自体が間違っている。レイアウトが重要なことは紙でやればよい。さもなくばレイアウトは重要でないので、Excel なりなんなりで複雑なレイアウトを組もうとするな。データに徹せよ。ということである。

Excel 方眼紙の問題点はデータの可塑性や可搬性に欠ける点であり、Excel 方眼紙やめろというのは、よりメンテナブル、よりポータブルなデータを管理せよ、ということだと考えている。

Excel なりスプレッドシートなりはそれ自体はデータ管理ツールとしては非常に優れている。

データとプレゼンテーションを分離せよ、という考えがむずかしいというのなら、その考えがむずかしくない、当たり前になることを進めるべきである。データとプレゼンテーションを混在させるコストのほうが高い。


レイアウト自体をデータとして取り扱いたいということは実際にはあるだろう、が、そのようなシーンにおいてはもはや Illustrator なり In Design なりといったプロツールを使うほうがよい。それはもうプロの仕事の領分なので。

なんでもかんでも現代の流行にあわせてデフォルメすりゃいいってもんでもないが、かといってトールキンを絶対視するのもナンセンスだよね

ディードリット以前のエルフはディードリットみたいな極端な長耳ではなかったというのは真実だろうと思うので、あれが発明だったことは認めてよかろうと思う。ダーククリスタルの影響はあったにせよ、だ。

「エルフが美形化したのは最近」というのはたぶん正確でない。もともと美形とされていたろうと思う。
英語の elf はノルウェー語の alv などと同語源であり、印欧祖語の albh- に由来するとされている。albh- は「白」に関連し、elf の語源も「白い人」とかそのあたりになるだろう。アルビノとかブリテンの雅名アルビオンとかも同じ語源である。
北欧神話においてはアールヴ( álfar )は神性の存在として描かれている。今日の英語の elf が人にいたずらをするのとは違って、人を助ける善なる存在として描かれてるように思う。たとえば英国人名の Alfred は elf-advice に由来するとされている。日本人の男性名に祐介というのがあるがどっちも助けるという意味であり、誰が誰を助けるのかというと神がその名を与えられた子をである。神の恵みがありますようにという願いが込められた名前は少なからずあり、英語圏にもそのような命名は見られるし、Alfred もその類だろう。 きまぐれで人に悪さをするようなイメージは、中世にはまだなかったのではないかと思う。 小人のイメージも当時にはなかったであろう。

elf が神性を失って中立な超自然的な存在へと変わるのはいつごろかというと、中世後期くらいからだとされる。フランス語から入ってきた fairy の語との混交が進む一方で、ボギー 、ブラウニー、ロビングッドフェローなどの各地の土着の信仰とも混交が進み、広く elf の語が小さな超自然的な存在として定着していったようである。

さて、それじゃドワーフはというと、英語の dwarf は古ゲルマン語の dwergaz が語源で、印欧祖語の dhvaras が由来ではないかとされている。ストゥルルソンいわくこれは døkkálfar に関連するとのことだが、語源的には dhvaras は demon とか destruction とかに関連するとのことで、døkkálfar は「暗いアールヴ」のことであり、特に関係はなさそうに思う。 もともとは小さなものという意味はなかったのではないかと思うが、現代では dwarf は小人のイメージで定着している。七人の小人の頃にはおそらくそうだったのだろう。
dwarf はもともといい意味の語源でないので、あんまり美しいとはされなかったのではないかと思うが、døkkálfar と関連して álfar と対比的なイメージになった可能性もあるかもしれない。

トールキン以前のエルフやドワーフの語も変遷を経ているので、トールキンだけがターニングポイントというわけではないが、近年の大きなターニングポイントの一つではある。ただ、あくまでターニングポイントの一つでしかなくて、トールキンがA.D.0年ってわけじゃないぞ、と。

レトルトのパスタソースを冷凍のポテトに和えるととてもおいしい

Amazon パントリーでもの買うとき、手数料 280 円がオフになるキャンペーン商品を抱き合わせで買うことになるんだけど、だいたい特にいま必要なかったりするものだったりするので、手数料を余分に払うほうが安上がりだとは思うのだけど、そうはいってもなにか買ってついでに手数料割り引いてもらうみたいな気持ちで何か買ってしまいがちであり、こないだも特に家にパスタとかないのにパスタソース単体で買ってしまった。

インスタント袋ラーメンの麺だけ茹でてスープを使わずに汁も捨てて、パスタソース絡めるみたいなことやってみたけど、インスタント麺はほそすぎてパスタソースが相対的に味が濃すぎる感じになってしまった。インスタント袋ラーメンなので麺を増量するわけにもいかないのでこれはボツ。

次に試したのが冷凍のポテトに和えたらどうかということ。

おいも

これはねえ。

いい。 けっこういい。

ポテトの量で味の調節きくのもいい。

トマトソースとクリームソース二種類買ったんだけどどっちよかった。

一手間だけどソーセージとかベーコンを加えるとボリューム感出ていい感じになる。

まあ実際パスタソースけっこう値段するので自分でソース作ったほうが安かったりはするんだけど、冷凍のポテトもパスタソースも保存が効くのでなんか外に食べ物探しに行くのもだるいな〜みたいなときに家で手軽に腹膨らませられるものがあるというのは安心感あっていいなということを思った。

箱庭えくすぷろーらクリアした

実績コンプ込みで総プレイ時間6時間くらい。最初に4時間くらいだらだらプレイした後、最初からやり直して2時間切るくらいでラスボス倒すところまでやって、そこからだらだら1時間くらいで実績埋めた。

最初ちょっとアイテム所持数少なくてすぐアイテム溢れるわりにはドロップやら宝箱で店売りしない武器防具がポコジャカ出るし、アイテム倉庫とかないんかしらみたいなこと思いながらプレイしてたんだけど、店で装備の修理アイテムが安く手に入るし、ほしいアイテムはほしいタイミングでドロップし直すまでザコ狩りしてもいいし、ゲーム進めれば店でもある程度買えるので、あんまり拾ったアイテムに執着しないようになった。

そうしたら遊ぶのだいぶ楽しくなったので、たぶん適当に拾ったアイテム使いつぶしながら進めるくらいの気持ちでいいゲームだろうと思う。

ゲーム自体はかつかつにアイテムやりくりしないとクリアできないみたいなバランスではなくて、まったり箱庭世界を歩き回りながら稼ぎやりつつ、ラスボスはたる持ち込みまくって尻に火をつけてたる投げまくるみたいなのでもクリアできる。

グラフィックも BGM もいいし、ボス戦は楽しい。

ただ探索部分に関してはそんなでもないというか、もっと仕掛けいっぱいでもいいのかな~みたいなことを思う。スイッチに重しを乗せてドア開けるとか、凍らせて壊す岩とかは面白いんだけど。

仕掛けいちばん凝ってるのが時計塔でここはよかったと思うんだけど、リザとかオカヤマは単純に散歩するだけのマップなのがさみしい。せっかくドット絵をみてるだけでもたのしい世界を歩き回れるので、もっとすみずみまで歩き回りたいって思えるような仕掛けがあるとよかったと思う。

箱庭あにま触った感じだとクオータービューのマップ組むのはけっこう疲れるので、大変だとは思う。

いまのゲームの感じでも楽しいことは楽しい。まず自由度高いので、攻略ルートを自分で組み立てる楽しさがある。凍結出たから砂漠経由で火山いくみたいなのできる。縛りプレイの楽しさもある。

単純にボス倒す数制限するのとかもたのしいと思うけど、たとえばイミフメイフクリアしてからラスボス倒すタイムアタックとか、最適解だけだとゲームプレイが単調になると思うけど、レギュレーション設定して遊ぶと幅広く遊べると思う。それができるくらいに自由度ある。実績コンプの外に無限に遊び方がある。


すっごい個人的な意見だけど、もうちょっと変態寄りにしてもよかったのではないかということを思う。

敵ごとに吸われたレベルの合計とか記録するとはかどる。

あとすく水にもレベル吸われたい。吸ってほしい。もちろんなんでもないときに吸ってくるのはおかしいと思うから、なんかクスリとかぶつけたらレベル吸ってくるみたいなのがいい。


寝る前にマヨウヨ以外のエリアボス倒さずにラスボス倒すのやってみた。

ルート選定しきれてなかったのとかもあって1時間くらいかかったけど、ボスを倒すの自体はだいぶ楽になる。どりあーどに至っては火の魔術書ぶつけるだけで終わる。

むしろネックになるのは中ボスラッシュとえんぜる姉妹だけど、えんぜる姉妹は凍結の剣一本使い潰すつもりでいくとよい。凍るので。

ドラゴンはめろん食いながらバットで殴った。

金トロ少ないのでいかに各地の銀トロ回収するかがタイムアタックの鍵になるとおもうけど、ぼくはべつにタイムアタック勢ではないので次はほかのプレイング試そうとおもう。

ノクターンノベルズを読んでる

最近というわけでもなくて、ここ二~三年くらいのことなんだけど、なろうではなくてノクターンノベルズを主に読んでる。 なろうでなくてノクタなのは、まあもちろん健全な理由もあるけれども、どちらかというと読みたい作品を絞りやすいということのほうが大きい気がする。それはそれとして、こういうのを読んで面白かったという話をする。

リンクは気が向いたらはるけどとりあえずググってくれ。

ダンジョン暮らしの元勇者

エロトラップダンジョンの主になって侵入者をえっちな目に合わせて撃退したり篭絡したりする話。

いわゆる「魔王と勇者」モノでもあり、英雄譚のその後系の話でもあり、元勇者が自分の居場所を見出して成長する話としても面白いし、元勇者と彼を狙う死角とのバトルも熱くてよい。

まだまだ続いていて今後が楽しみ。

人食いダンジョンへようこそ!

これもダンジョンマスターもの、と思いきや、「ダンジョン」の解釈が話の進行にあわせて拡大されていくところが今作のキモというか、うまいギミックだと感じる。

もちろんダンジョンマスターとダンジョン攻略者の駆け引きが面白さの本質になっているので、舞台が変わっても本質的にはダンジョンマスターものだと言える。えっち部分についてはヒロインを魔物娘堕ちさせる堕ちもので、単にえっち部分だけでなくストーリーの根幹にもかかわってくるんだけど、それはそれとして、そういうシチュエーションが好きな人にはたまらないのではなかろうかという気がする。ぼくは好き。

完結済み。

ちょっと暗めの終わり方をしているものの、この作品全体にただよう雰囲気は最後まで一貫していて、これこそがこの物語の結末としてあるべき姿だとも思っている。思ってはいるけれども……うう……まあ、読んだらわかるので読んでみてほしい。

ギャング・オブ・ユウシャ

ポーションがぶ飲みで強くなるやさぐれ勇者が違法なポーションを作る借金まみれの天才錬金術師の少女と出会って、違法ポーションでキメセクしたらめちゃくちゃよかったしこれもしかしてバカ売れするのでは? これ売りさばいたらどん底からのし上がれるんじゃないの? という話。

錬金術師の少女とのポーションキメセクをはじめとした濃厚なえっちシーンもよいんだけど、各章、達成困難なミッションに挑むのも、ある種のダンジョンアタックっぽくてよい。主人公以外にも特殊な能力に目覚めた勇者の称号持ちたちが登場するんだけど、彼らの超人的な能力バトルもなかなか熱い。

完結済み。ダークヒーローものながら、ちゃんとダークヒーローのままで、さわやかなエンディングを迎えて非常によい読後感があった。

上二作品もそうだけど、ノクタはこういうエロ前提のダークヒーローものの良作があってとてもよいですね。

悪役令嬢をバッドエンドさせて嫁にする計画

乙女ゲームの悪役に転生する系の話。なろうではよくみるアーキタイプなんだけど、ノクタだとちょっと珍しい。基本的にはゲーム世界に転生してゲーム知識を生かしてうまくやる系、とみせかけてぜんぜんうまくいかない話。話はテンポよく、軽妙な読み味ながら、伏線の張り方が巧みで、終盤にかけていろんなことが収束していくのが気持ちよいし、ヒロインがまた凶悪なまでにカワイイしえっちでとてもよい。

読み終わったときの満足感でいうと本一冊分くらいはあるんだけど、実際には番外編込みで六万字なので文庫本の半分くらいしかなくてびっくりした。それくらい手軽に読めて満足できるのでオススメ度が高い。

もちろん完結済み。

生意気な妹が清楚ビッチな友達を連れて来た

生意気な妹が連れて来た清楚ビッチな友達に性的にいじめられる兄の話。生意気な妹が連れて来た清楚ビッチな友達に性的にいじめられたいでしょ……。タイトル以上のことはないんだけど、タイトルのとおりのことをやってくれるだけで息子は感涙にびゅーびゅーむせび泣くでしょうよ(実際号泣した(最悪

更新が停滞している感じではあるものの、清楚ビッチな友達と寝るところまでは書かれているのでそこまで読んで満足することはできる。

ただこの後は妹と寝て、それから妹との 3P とかぜったいあるはずなので、そこまで書いて完結してほしい。息子からの切実なお願いである。

エンジニアの語源

engine という言葉は内燃機関以前から存在する語であり、もちろん engineer という種類の人も(綴りはこの限りではないが)、内燃機関以前に存在していたようである。攻城兵器を engine と呼んでいたようなので、これを扱う人が engineer だったらしく、今でも engineer には工兵の意味がある。もっと遡るとたとえば馬車とか水車を作ったりする人も engineer だと思うのだが、こっちは出典がないのでぼくの妄想の可能性がある。

IT 系のエンジニアにたいして「IT エンジニア」でなく単に「エンジニア」というと眉をひそめる人は少なからずいるようだ。こんにちの engine の印象が内燃機関である以上、内燃機関に触れることのないアプリケーションプログラマや Web プログラマまでもがエンジニアであることに違和感を覚える人についてその感覚はわからないでもないのだけど、もともと engineer が内燃機関にかかわる技術者を指さなかったのだから、IT エンジニアがなんの修飾語もなしに単にエンジニアと名乗るのが適切でないなら、たとえば自動車の整備をする人もまた同じように自分たちを指して単にエンジニアと名乗るのは適切でないことになるのではなかろうか。

原義に近いところにいるのはたぶん建築技術者で、次が工兵だと思うが、元の語の意味をもとに話をするなら建築技術以外のエンジニアはみな単にエンジニアと名乗ることは適切でないことになるのではないか。

まあでも、エンジニアをシステムエンジニアと言い換えたところで、依然として「仕組みを作る人」でしかなく、なんの仕組みを作るねんという疑問があるんだけど、システムについてはコンピュータシステム以外のシステムのことは考慮する必要はないのだろうか。情報エンジニアとかも情報産業は何もいわゆるコンピュータサイエンスに限らないと思うのだが、それはいいのだろうか。

せいぜい 200 年そこらしか歴史がない内燃機関を扱う人だけがエンジニアというわけではないので、なんとかエンジニアのなんとかの部分を取った単なるエンジニアを、内燃機関を扱う人に限定するのはあんまり妥当ではないよなあということを思っている。


この話の本質はまぎらわしいからやめろということだというのはもちろん理解している。理解しているが、まぎらわしいからやめろという話を、言葉の用法の正しさにすりかえるのは適切ではなかろう、と思う。

ということが言いたかった。

黄色い四角い箱

愛知や岐阜のほうでは「横着である様」をさして「横着い」という。もちろん「横着な」が正しかろうとは思うのだが、では「黄色い」とか「四角い」はどうだろう。

「黄色い」も「四角い」も辞書を引けば載っている。「黄色な」とか「四角な」とかはかえって言わない。 「緑色い」とか「三角い」とかは言わないので、言いやすさが尺度としてあるのだろうと想像できるし、「緋色い」とか「五角い」とも言わないので、語としての需要も関係ありそうだとわかる。使わない語は言いやすさにかかわらずそのようには言わない。

「ショボい」「デブい」のようにオノマトペも形容詞化する。最近だと「チャラい」とかもある。

「酷い」はもともと「非道い」である。

面倒であることを「めんどい」と言うようになってきた。

とするとそのうち「丈夫い」とか「贅沢い」みたいなのも市民権を得るのかもしれないし、そうではないのかもしれない。

いまはもう言わないが「ナウい」というのがあった。これもあんまり使わなくなりつつあるが、「まぶい」も「まぶ」が形容詞化したものである。

「エロい」や「グロい」はもはや市民権を得た。 外来語の日本語化についてはもうちょっと事情が違うところもあるのでこの辺にしておくが、その概念を提示する機会が充分にあって、日本語として声に出しやすいものはそのような形になっていく、ような傾向がある、くらいのことは言えそうである。