なんでもかんでも現代の流行にあわせてデフォルメすりゃいいってもんでもないが、かといってトールキンを絶対視するのもナンセンスだよね
っていう記事を以前書いたんだけど、ファンタジーフィクションで定番化してるのはエルフだけじゃなくて、ほかにもいろいろある。それらがどこから来たものなのかみたいなのはちょいちょい調べたりするんだけど、毎回調べ直すのも手間なので、一回まとめておくと後で読み返せて便利だと思った次第。
なお、語の前に *
がついてるのは再構築された語源で、語源的な根拠に基づいた仮説であるということを意味する。直接の証拠は見つかってないので、あくまで仮説だよという注記をするルールになってる。
基本的に Wiktionary の英語版 を見て書いてるので、ちゃんと見たい人は Wiktionary の英語版見たほうがいい。
エルフ
elf ┗ Old English ælf ("incubus, elf") ┗ Proto-Germanic *albiz ("elf, fairy") : ┗ Proto-Indo-European *h₂elbʰós, or *albʰós ("white")
面白いのは古英語の ælf に incubus の意があるといってるところなんだけど、これはドイツの妖精アルプ (Alb) が elf と同じ語源の incubus を意味する語なのと関係がある気がする。
ドワーフ
dwarf ┗ Middle English dwerf, dwergh, dwerw, dwerȝ ("dwarf") ┗ Old English dweorh, dweorg ("dwarf") ┗ Proto-Germanic *dwergaz ("dwarf") : └ (perhaps) Proto-Indo-European *dʰwer- ("harm, deceive") c/w Sanskrit ध्वरति (dhvárati, “to bend, hurt”) ध्वरस् (dhvarás, "class of female demons")
印欧祖語の *dʰwer- から来てるんじゃない?ということは言われていて、サンスクリット語の dhvárati などは近い意味を持っていることから、古い時代の dwarf を意味する語は、demon-like creature を指したかもしれない。
オーク
orc ┗ Old English orc ("demon") : └ (probably) Italian orco ("man-eating giant") ┗ Latin Orcus ("god of the underworld") ┗ Ancient Greek Όρκος (Órkos)
orc は orca の Alternative form、つまりシャチを指す語でもあるようだが、フィクションに登場する悪鬼を指す orc はこれとは同じ形で異なる意を持つ homograph ということになる。
悪鬼を指す orc のほうは17世紀くらいに用例があり、近年にトールキンが復活させた語彙とされる。トールキン自身は古英語を元に創作したとのことだが、トールキン以前に19世紀に用例が残っているので、実質的には死語の復活と見ていいだろう。
もちろん語としてはともかく語の使い方としてはトールキンの創作性によるものと言ってよい。
もっとも、それはエルフにしても同じで、トールキン以前のエルフは雑多な妖精にすぎなかったが、トールキンによって北欧神話的なエルフが復権したとみることができる。
オークも同様で、14~5世紀のイタリアの著作に orco の語が現れていることを考えると、悪鬼としてのオーク像がトールキン以前に存在していたのは事実である。
ogre と語源が同じで、こちらは orc よりも新しいので、orc は ogre に取って代わられたかもしれない。
オーガ
ogre ┗ French ogre ┗ Latin Orcus ("god of the underworld")
ついでなのでオーガも。フランス語からの借用語で、英語に入ってきたのは18世紀。
ちなみに英語は re で /ə(r)/ の発音になることがたびたびある。
たとえば centre とか theatre とかがそうで、これが今 center とか theater として我々が学習するのはアメリカ英語ではそうなっているからということである。アメリカ英語の元になった辞書を作った人が「英語は発音と綴りが一致しなくてクソ」ということを思ってそのようにしたらしい。めっちゃわかる。
ogre がなんでそのままなのかというとたぶん古語だからで、古い字形がそのままになってしまっているんだろうと思う。使うのフィクションくらいだしね。
ゴブリン
goblin ┗ Old Northern French gobelin : └ (possibly) Old Dutch *kobeholdo ("goblin") + Late Latin cobalus ("mountain sprite") ┗ Ancient Greek κόβαλος (kóbalos, "rogue, knave; goblin")
*kobeholdo のほうはコボルトの語源と関係があるようなので、コボルトの項で後述する。
古オランダ語の *kobeholdo と後期ラテン語の cobalus は全く別の語源を持つ語だが、たまたま似たような音で似たような意味だったから、混交されたのではないか、という可能性が示唆されていて、それらがどのようにして古北フランス語の gobelin の元になったのか定かではないようだが、まあ語形は似ているので関係はありそうだ。
コボルト
Kobold ┗ Middle High German kobe ("shed, sty") + *holt ("goblin")
つづりが Kobold なのにコボルトと最後濁らない、これはドイツ語由来だからというのもあるが、日本人も語末の濁音と清音の区別が苦手なのがあって、たびたびコボルドと表記することも見かける。ただ、英語は綴りのとおり発音するようなので、コボルドという表記も英語由来と見れば正しくなくはない。むしろゴブリンと一緒に出てくるなら濁るほうが英語的で自然かもしれない。
ノーム
gnome ┗ French gnome ("gnome") ┗ New Latin gnomus : └ (possibly) Latin gēnomos ┗ Greek γη-νομος (Ge-nomos, "earth-dweller")
この新ラテン語の gnomus の正体は、en.wikipedia / Gnome を見ると、
The term may be an original invention of Paracelsus, possibly deriving the term from Latin gēnomos (itself representing a Greek γη-νομος, literally "earth-dweller"). In this case, the omission of the ē is, as the Oxford English Dictionary (OED) calls it, a blunder.
「おそらくパラケルススによる造語で、ラテン語の gēnomos (ギリシャ語で "土の住人" を意味する) が元かもしれない。この場合 OED いわく ē の省略はミスである」とある。
パラケルススはこの語をピグミーの類義語として用いたようで、実際ノームの初出となる本の題名は "Ex Libro de Nymphis, Sylvanis, Pygmaeis, Salamandris, et Gigantibus etc." とあり、ここにノーム(ついでにウンディーネも)の名はない。
ノームを四大精霊として特別扱いするかドワーフのような種族として扱うかはそれぞれのフィクションによって異なるが、語源的には後者のような単なる小人族の名前として使うことにも妥当性があるように思う。
トロール
troll ┗ From Norwegian or Swedish troll or Danish trold ┗ Old Norse trǫll ("witch, mage, conjurer") ┗ Proto-Germanic *truzlą ("a supernatural being; demon; fiend; giant; monster")
トロル、トロウルなどの表記があるがいずれも正しい。トロールの発音は (UK) /tɹəʊl/, /tɹɒl/, (US) /tɹoʊl/ で、それぞれトラウル、トロルまたはトロール、トロウルである。ちなみにデンマーク語の trold は /trɔl/ なのでこれもトロールだろう。
古ノルド語の trǫll が面白い。魔術師の意味だという。
ノルウェー語の fortrylle ("to bewitch") や ノルウェー語およびデンマーク語の trylle ("to conjure")、それからスウェーデン語の trolla ("to conjure") に関連するらしい。
troll はけっこう幅の広い語のようで、英語の elf がそうであるのに近い。必ずしも醜い巨人のことを指すわけではないのは、ムーミン谷のトロールを見ればわかるとおりであり、単に妖精を指す語でもある。上述のように魔術師や魔女を指す語でもあるようなので、北欧における supernatural-beings を指す語、という感じなのだろう。
ハーフリング
halfling ┗ half + -ling ┗ Middle English -ling ┗ Old English -ling ┗ Proto-Germanic *-lingaz : └ (probably) Proto-Germanic *-ilaz (agent/instrumental/diminutive suffix) + Proto-Germanic *-ingaz (patronymic suffix)
hobbit の代わりに小人族を指すために D&D が採用した語で、もとはトールキンの著作中で hobbit の別名として使われていた。D&D でも hobbit という種族名を使っていたのだがこれは権利上の問題で使えなくなって、かわりに halfling にしたという。
じゃあ halfling は問題ないのかというとこっちは別にトールキンの造語ではないのでたぶん問題ないのだろう。一般的な語の権利を主張することはできない。hobbit がトールキンの造語だというのはちょっと怪しい*1ところがあるのだが……。
さて、語源だが、half に指小辞 -ling がついたものとある。
ゲルマン祖語の *-lingaz は指小接尾辞の *-ilaz と父称接尾辞 *-ingaz の複合か、と考えられていて、ざっくり小さいものくらいの意味であろう、事実 -ling がつくとそれの小さいものを指すようになる。
小さいというのは単にサイズだけの話ではなく、小さいことによってなんらかニュアンスを付与するためにも使う。
たとえば dear に -ling がついたのが darling で、確かに darling となると dear よりは親しみを感じるというか、dear はちょっとかしこまったイメージがある。
さて、wikipedia.en / Halfling によると、語源はスコットランド語の hauflin らしいが、これはそもそも halfling の方言ではないかという気がする。
スコットランド語の hauflin は haflen, hafline, halfling, halflan(g), haf(f)lin, hauflin など様々な語形があり、"A half-grown boy, adolescent youth;" の意味ということのようだ。
ちなみに half は種族という文脈においても使われる語なので、 halfling はたとえばハーフエルフのような何かしらハーフの種族という意味でも使われるようだ。
今回はここまで
今回は human-like beings 第一弾という感じ。気が向いたら第二弾もやるし、ファンタジーフィクションの物質の名前みたいなのもやるかもしれない。
*1:https://en.wikipedia.org/wiki/Denham_Tracts - "It is possible that J.R.R. Tolkien took the word hobbit from the list of fairies in the Denham Tracts." とある