スカサハ=スカディの話

FGOっていうゲームのことはプレイしていないので存じていないのだが、「北欧の女神スカディとケルトのスカサハが習合した存在」として描かれているということだ。

このように神話を横断して神格の習合を描けるのがエンターテイメントのよいところだと思うので、これがどうとかいう評価はここではしない。

習合の根拠とされている「スカサハとスカディの名は語源を同じくしており、関連があると考えられている」というあたりが妥当かどうかということを書いていく。

結論からいうと、「スカサハとスカジの名に特に語源的な関連はあるかもしれないしないかもしれない。スカサハの伝承がスカジの伝承の影響を受けていないと断言するに足る証拠はないが、影響下にあったと考えられる証拠もなさそう」という感じである。

スカサハ

スカサハ(アイルランド語:Scáthach )の語源を見てみよう。

scáthach - Wiktionary

「shadowy:影の多い、暗い」とある。影を意味する scáth に形容詞化する接尾辞 -ach がついたもので、「影」を擬人化した神格と見ることができる。

scáth はケルト祖語の *skātom 由来で、古英語の sceadu と同族とある。
sceadu は今日の shadow や shade で、これの語源を辿るとゲルマン祖語の *skadwaz とある。
これは下ると古ノルド語の *skadda があるのだが、Wiktionary の英語版に記事がないのでこの先はインターネットではうまく調べることができない。ひとまずノルウェー語では skodde は shutter あるいは fog, mist とあるので、「光を遮るもの」の意で発展した語だろうと思う。

スカジ

スカジ(古ノルド語:Skaði)の語源を見る。

Skaði - Wiktionary

https://en.wiktionary.org/wiki/Reconstruction:Proto-Germanic/skadwaz

ゲルマン祖語の *skadwaz 、あるいは失われた地名に由来するかもしれない、とある。古ノルド語の skaði と関係があるだろうともある。

skaði はゲルマン祖語の *skaþô 由来で、damage, scathe を意味する。scathe はゲルマン祖語由来の古風な語彙で、今日ではラテン語由来の damage のほうが使われているということだろうか。
さておき、*skadwaz と *skaþô は、今のところは別の語彙から発展してきた語だと考えられている。*skadwaz は印欧祖語 *skeh₃- (“dark”) で、*skaþô は印欧祖語の *(s)kēt- (“damage, harm”) と見られている。
もちろんこれらは再構築された語のルーツであって、何か直接的なエビデンスがあるわけではない。今のところはこのように考えられているよという程度に受け止めておくのがいいだろう。
たとえば dark と damage が根っこで繋がっていてもそんなに不思議はないし、まったく関係がないとしても不思議はない。
たとえば日本語の「闇」は「病む」「止む」「黄泉」と同根である可能性が考えられており、日本語においては「闇」が「死」に関連している可能性がある。
昔の人間が暗闇に対して死のイメージを抱くことは神話などによく見られることなので、可能性はあるだろう。

神話の関連性

スカサハの登場する Tochmarc Emire の原本は8世紀頃に書かれたと考えられている。ガリアにはスカサハのような神格はどうもいなさそうなので、アイルランド土着の信仰が発展してきたものかもしれない。

その頃のアイルランドにどの程度ゲルマン人流入があったかというと、8世紀の終わりからノース人やデーン人の侵入が続きながらも、アイルランドゲルマン民族による支配が達成されないまま、アイルランド人の島であり続けた。沿岸にはゲルマン民族の集落が作られ、彼らは北欧の神々を信仰していたが、キリスト教を受け入れながら、アイルランド人と同化していったようである。

スカジは古エッダに名前が見られ、古い地名に似た名前が散見されることから、かなり古い神である可能性があるものの、スノッリ・ストゥルルソンのエッダなどの後世のテキストに見られるスカジ像は、もちろん、後世に書かれたものである。
スカサハにスカジの影響があったかどうかというと、あんまり関係はないかもしれないんじゃないかなあ、ということを思う。とはいえ、ゲルマン民族接触してはいるので影響がまったくなかったとも断言できない。

ま、でも、いまのところは「世界のいろんなところで概念を共有する神格が並行して発生したので偶然同じ概念を持つ神格がいる」と考えておくほうが妥当なのでは?という感じ。フィクションにおいてはその限りではないけれど、フィクションに書かれた設定はフィクションに書かれた設定だよ、ということで。

余談

スカサハかスカアハか、どっちの音写が妥当かという話があるんだけど、スカサハは古アイルランド語、スカアハは現代アイルランド語に準じた音写になる。どっちでもいいと思うけど、他のアイルランド語由来の語彙が出てくるときは古アイルランド語か現代アイルランド語かどっちかに揃えたほうがいいでしょうねと思います。まあだいたい英語風の発音が定着してたりするので英語風の発音があるときはそっちが優先されがちだったりはするんだけど。

こちらからは以上です。